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ケライの腕が使えない以上,アルジは他の者に報告書の代筆を頼むしかない。ミミとショムは忙しすぎる。よってボッチに依頼することにした。不思議なことに,理由を説明すると,ボッチはすんなりとその要求を受け入れ,早速二人は書庫で作業を始めることとなった。文句を散々言われたあげく断られると思っていたため,意外であった。

アルジの言うままにボッチはペンをはしらせる。だが二段落ほど書いたところでボッチが眉をひそめる。

「どうですか。変なところでもありますか」ボッチは黙ったまま目を上下させて文を読み直す。「いや。いくつか言いたいことはあるが,それほど問題じゃない」「言いたいことと言うのは?」「大したことじゃない。俺が教わった師匠と文の順番が若干違うから気になっただけだ。分野ごとに独自の規則があるからな。おそらくこの書き方はケライのところで常識なんだろう」

その後も,ところどころでボッチは唸りながらも,順調に報告書を書いていった。「お前が字を書ければ,報告書も速く書けるんだろうな」など,珍しくボッチに褒められながらも作業が進み,あっという間に食事の時間になった。

ラウンジで食事をとる際,どのメニューをとったのか,時刻とともにレシートのような形で各自が報告するようになっている。これはレジのような機械を操作して作成し,回収ボックスに提出するのだ。限られた里の物資の状況,および,隊員の栄養バランスが偏っていないかを確認するためである。というかこんな作業までショムが担当して,本当に大丈夫か心配である。当然大丈夫ではない。頼む,ザエルの子供達よ,その愛らしい振る舞いでショムの命を守ってくれ。

「シンキの部屋に行ったそうだな」ボッチが食事中に突然切り出した。「はい,クビワさんの体調が良くなかったので」

「どうだった」その顔は鬼気迫る真剣なものだった。「どう,って,ボッチさんは行ったことないんですか」そう言われたボッチの顔が急に赤くなる。ほう。アルジは全てを把握した。アルジの報告書を手伝ったのはそれを聞き出すためだったのだ。

「どうって言われましても,普通としか」「どう普通なんだ」「机と,寝るところと」「寝るところ」食いつく場所がつきまといのそれである。「あ,あと絨毯がふかふかでした」「そうか」答えるアルジのほうもいろいろとおかしいのは見逃してほしい。

「そうそう,ぬいぐるみがたくさんあったんですよ」「ぬいぐるみ。シンキにもそういうところがあるのか」「嫌なことがあると裁縫で気を紛らわせたりしてたそうなんですけど,でも」

「でも?…ああ,そうか」ボッチは察した。シンキの腕はもう以前のようにうまく動かない。「それで,私も編み物が好きだったんですけど,もう腕がないから似たもの同士ですねって盛り上がって」「お前も裁縫するのか」「私は糸じゃなくて毛糸ですけど」「どっちも糸じゃないのか」「全然ちがいますよ」

「アルジ」ボッチは顔を上げてアルジを見ると,手を机について頭を下げた。「頼む,俺に裁縫を教えてくれ」ボッチがアルジに頭を下げることなどもう二度とないのではないか。「いえ,さっきも言ったとおり私は腕がないですし,頼まれて生えてくるわけでもないですし」「これまでお前の手足を馬鹿にしたのは謝る。すまなかった。だから,お願いだ。俺に,裁縫を教えてくれ。頼む」

こうした頼みをいちいち承知しているような人間は,いいように使われ,用済みになれば捨てられるのがオチである。アルジ自身,これまでこうした頼み事を引き受けどれほど損をしてきたかわからない。もともと後発隊になったのも身代わりだったのだが。だがアルジは愚かだった。

「わかりました。手で教えられないので,本を使いながら口で言うことになりますけど,いいですか」ボッチが再び顔を上げた。そして輝きに満ちた目でアルジにお礼を言った。

とはいえ,指先のコントロールは一朝一夕で身につくものではない。秘密裏に続けられるトレーニングをどこから聞きつけたのか,ミミとショムも加わり,書庫で謎の編み物教室が毎晩開かれることとなった。

「ところで前にお前と飯を食ったときに思ったんだが」ぎこちない手つきで作業するボッチが,何の気なしにアルジに聞いた。「お前,字が読めない,書けないって言ってる割にどうして食事の報告が出せるんだ?」「え,あれは文字盤を操作するので,どこを押せばいいのか覚えてるだけです。内容も決まってますし」「でもそれって字が書けてることになるんじゃないのか?」

『え?なんで?』そんな様子でアルジはボッチを見る。

だが。

それが意味することにアルジとミミは同時に気付き,驚いた顔を見合わせて叫んだ。

「あーっ!」

ショムとボッチが驚き,「しーっ!」と静かにするよう促す。夜も遅いのだ。だがアルジとミミは,それだ,それなら。なんで気づかなかったんだろう,と歓喜し,ボッチに何度もお礼を言った。だがボッチはその意味が理解できず,二人の様子を不思議に思った。



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