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アルジとシッショがキャンプに戻ると,大樹の花と幹をカゴに入れたマッパが不満な顔で座っていた。
「説明してもらおうか」
シッショが先に非礼を詫び,獣車で帰りながら説明することになった。
「こんないちいち何かあるたび撤退してたんじゃ埒があかないな」マッパがシッショに聞こえるような大声で独り言をいう。「マッパさんはこれまでの調査でザエルに会わなかったんですか」アルジが仲介するように質問した。「ないな。幸か不幸かわからんが,森の奥まで足を踏み入れたこともないし,湿地に入ったこともない」マッパは気分で行けるところまで行く。それが偶然ザエルの生息域を外れているのだろう。そしてそれは里にとって不幸な偶然でもあった。
その後,シッショとクビワに何があったのか,マッパから急かすような問いがいくつかあったが,シッショからの返事はなかった。代わりに,アルジがこれまで裂掌獣ザエルについて得た知識を披露した。
「ということはそいつは森で得られる素材から燃料みたいなものを得ているわけだな」「そうです。というか,マッパさんは私の報告書は読んでいないんですか…」「『私の報告書』って言い方,なんか偉そうだな。人に書いてもらってるくせに」そう言ってマッパがアルジの腕をつつき,アルジは嫌がって身体を離す。「すみません,ですけど,なんで報告書は読まないのにそんなこと知ってるんですか」「俺は面白いことしか知る気はないからな」「モンスターの生態も十分面白いと思うんですけど…」「そんな妄想に付き合う気はないね」
「妄想って何ですか」マッパの心ない言葉にアルジが反発する。「だってお前の話聞いてると,推測ばっかで実験してないだろ。推測じゃ因果の説明にはならん」
鋭い指摘だった。マッパは自由に動きまわっているようでいて,かなり考えている。そのことが一言で伝わってきた。
アルジもマッパも好きなように動いている。だが,アルジが欲望のままに突っ走るのに対し,マッパには明確な指針があって,そのなかで動いているのだろう。肩を落とすアルジの背中をマッパが叩きながら,「まあ頑張れよ新人クン,若さは強さだからな,ハッハッハ」と慰めか何なのかわからないことを言った。
結局シッショからは何の言葉もないまま,三人は里へ帰還した。
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