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それから何ということもなく,メンバーは解散し,各自の部屋へ戻っていった。いくらマッパといえど,あの状況でオヤブンを説得することはできないだろう。アルジは音をたてないようシッショの部屋へ向かった。シッショが落ち着けば,そのザエルの情報をもっと得られると考えたためだ。

だがアルジは自身の傲慢さを激しく後悔した。シッショの部屋に近づくと,ドア越しに嗚咽が漏れるのを聞いた。最も愛する者が,一時的にせよ命を失ったのだ。今後どうなるかだってわからない。そんな悲嘆に暮れる相手に,自分は取り調べをしようと考えていたのである。

恥じた。アルジは自室に帰ると,ベッドに飛び込み,ひたすら恥じ,何度も心の中で謝った。そしてなおクビワを瀕死に追い込んだやつが何をしたのか,それを知りたいと思う心がふつふつと湧きだし,どれだけ頭を打ちつけようとその思いが消えないことに悶えた。

ドアをノックする音があった。ケライだった。ショムが作っていたはずのマフラーを首に巻いている。プレゼントされたのだろう。その様子にアルジの負の思いがすぐに和らいでいくのを感じた。

「上からすごい音がするので来たんですが,何かあったんですか。あの黒い虫の類でも出ましたか」

「里は寒いからあれは出ないよ」先までの混乱が嘘のような平静な会話だった。すると,クビワがポケットからハンカチを取り出して,アルジの頭に触れた。「ここケガしてますけど」

ふっとアルジの顔が歪み,思わずケライから目をそらした。

「あの,すみません。痛かったですか」

アルジは身体を震わせたまま,何度も深呼吸をする。

「そんなにひどいケガなら,医務室に行かないと」「ちがう」気遣いを見せるケライに,震える声でようやく返事をした。

「何ですか」「…うれしくて」「嬉しくて。何がですか」「ケライが,…やさしいのが」

そう言うとアルジは着ていた上着をかぶってしまった。山の形をした巾着が立っているように見える。

「何してるんですか」ケライは先ほどからのアルジの奇行が理解できない。頭を打っておかしくなってしまったのか。それに対し,アルジも「恥ずかしいから顔を隠してるの」と答えながら荒く呼吸をするばかりで,その考えを裏づける応答をする。

放っておいて人を呼んでいる間に暴れられても厄介だ。ケライが途方にくれていると,徐々にアルジの呼吸がおさまっていき,鼻声で話した。

「私の話を聞いてほしい」「何の話ですか」「いろいろ言いたいことがある」


この地に真夜は無い。地平をなぞる陽は冷ややかな光をのばし,ラウンジの床を青白く照らしている。ケライは一枚の毛布をアルジとともにまとい,湯気ののぼるカップをながめながらアルジの口が開くのを待った。



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