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本当は夜こっそり里へ帰り,リーダーであるシッショに全ての報告を任せようと,こざかしいことをアルジは考えていた。だが,まっさきにミミに礼を言う,そのためだけに,堂々と帰還した。
里には,シンキ,ミミらとともに,オヤブンも待ち構えていた。当然だ。ボッチ団の調査を先送りして,雷掌獣の討伐に向かったのだから。アルジ達はさぞかし多くの収穫を持ち帰ったことだろう。そんな無言の圧力だった。
広場に入り,空腹を訴えたクビワは早々にラウンジへと向かった。ああ,こら。クビワ,まだ挨拶と報告が済んでないだろ,とシッショはオヤブンに苦笑いで会釈し,なんとそのままクビワについて行ってしまった。
アルジだけがその場に残された。広場にいるのは,ミミの後ろから抱きつき,これ以上泣かせまいと不審の目を向けるシンキ。先送りの交渉を丸投げされ,腕組みをしながら成果の言葉を待つボッチ。困った様子のミミ。そして何を言っても怒るであろうオヤブン。
アルジが何を言っても文句を言われるであろうその理由はわかりきっている。ボッチ団にしたがって安全な調査をしていればいいものを,無理を押し切って仲間を危険な場所に誘ったのだから。それでも裂掌獣討伐のように大きな成果があがっていればいいが,今回は手ぶらなのだ。
挙動不審に視線を泳がせるアルジ。求められる情報,そこからのやり取りを粗末な頭脳で描き,なんとか自身へのダメージが少なくなるような言葉を選ぼうとする。
「シッショ,クビワ,アルジ。調査任務からただいま帰還しました」揺れる目でオヤブンを見る。「おかえり。その様子だと失敗したみたいだが」オヤブンはすぐに答えた。「まあ,怪我がなかったのは幸いだな」
とでも言うと思ったか?
そんな最悪のシナリオも浮かんだ。だが次の言葉がオヤブンの口からは出てこない。アルジが報告しろ,という無言の合図だ。
「雷掌獣の討伐には成功しました」やや顔を伏せるように言う。その言葉にアルジをのぞく四人が顔を見合わせる。すごいじゃないか。では,なぜアルジの様子は自信がなさそうなのだ?
「ですが,新たなモンスターの襲撃を受けたため,素材の回収はできませんでした」
途端に溜め息があがる。だから湿地など後回しにすべきだったんだ。ボッチは心の中でつぶやく。だが,「湿地に生息する生物のほとんどはそのモンスターに捕食され,姿を消したと考えられます」という言葉で空気は一変した。それほど強力なモンスターがいるのなら,湿地から北を目指すルートを開拓することは極めて困難になる。
「それを示す証拠はあるかね。それ,というのは今報告された雷掌獣討伐,モンスターの襲撃,およびそのモンスターによる湿地の攪乱,という意味だが」オヤブンが追及する。本来ならオヤブンの私室で行うべき子細に入っているのだが。オヤブンはアルジを信じていないというわけではないが,これまでの身勝手な行動もあり,言葉だけで納得するほどは信用していない。
回答如何によってはアルジは大勢の前で叱責されることになる。その状況に,場の緊張が高まる。アルジは覚悟した。
「物的な証拠は,ありません。申し訳ありません」
オヤブンの顔が険しくなった直後,四人の後ろから,「とりあえず,簡単な報告はここまでにしませんか」という声が聞こえた。はじめはそこにいなかったショムだ。「詳しいことはあとでもいいでしょう。アルジさん,おかえりなさい。ゆっくり身体を休めてくださいね」
激しい動悸の続くアルジと,それをほっとした顔で見るミミ。オヤブンは「そうだな。詳しいことは報告書に書いてくれたまえ」と言い残してラウンジに戻っていった。
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