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捕獲任務が開始されるまでの時間,アルジはザエルに対抗する知識を書架に求めていた。だがアルジがどれほど苦しもうが,文字が読めるようになるわけではない。助けになるのはイラストの豊富な図鑑のみ。子供のような頼りなさだった。

生物の図鑑をめくりながら,ふいにどこかで見たような情景が浮かぶ。土色に覆われる世界のなかで,わずかに差し込む光に映し出された極彩色の図鑑。元の持ち主は粉と消えた。何が書かれていたのか,その内容が知られることは永遠にない。

そんな不思議な思い出,どれが本当にあったのかさえ定かではないそれらが頭を駆けゆくなか,図鑑のあるページが目に留まった。何かの卵だった。線画で色はついていないが,その形には見覚えがある。

光。苔の地面。たくさんの実。襲撃。違う。朽ちた木。雪解けの水。濡れるシンキ。違う。ゴリ。ワンワ。肩車。指。キセイの指。その先。その先の暗闇。その濃淡がうっすらと変わる。そこからずれた場所。卵。牙。

アルジの全身に電撃がはしった。誰もいない書架で大きく吠えた。

そうだ。そうに違いない。植物の実じゃない。卵だ。あの卵がザエルの食料なのだ。あのときキセイはザエルの影を見たのだ。ザエルが自分達を敵とみなしたのは,食べ物を奪われたからなのだ。そしてそれを奪ったのは,奪ったのは…

「私だ」

あのとき,両手のないアルジはミミに言って卵を回収してもらったのだ。このことは絶対ミミに隠しておかなければならない。わずかにでもあの惨劇の原因に関わっていることが判明すれば,ミミは絶対に自分を責める。そうだ。全部私が悪い。あたりまえだ。だって私が言い出したのだから。

閃きの瞬間,それだけで済んでいれば,アルジは図鑑を脇にはさんでミミやショムのもとへ跳ねるように向かっていたことだろう。けれどもボッチ団壊滅の原因が自分にあるとわかった今,とてもそんな気にはなれなかった。

自分のなかで歯車がずれるのを感じた。



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