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森は見つかった相手から身を隠す場所はそれほど多くない。アルジは朦朧とする意識のなか,虚凧の追跡から逃れるために移動しつづけていた。
筋肉にはまだ余力がある。だが燃料切れだ。動くたびに身体がガクガクして,頭からの命令がいろんなところで通行止めになっている。糸の切れた人形のようだ,とは思いながら,アルジ自身は実物を見たことはない。
もっと身体に脂肪をつけておくべきだった。マッパの言うように非常食も体内に隠しておくべきだったか。いや,いくらなんでも。こんな事態になるとは想定していなかった。そうではない。想定外のことが起きても対応できるようにするべきだった。マッパは正しい。正しいが自分にそんなことはできない。
目が霞んでも耳はなんとか利く。軟体動物特有の粘つく音。それは頭に焼きついている。その音に近いものが付近にあれば,すぐにわかる。注意しなければならないのはあの針。おそらく吹き矢のように放たれるのだろう。
それにしても執念深いやつだ。アルジも往生際の悪さでは負けていないが,これほどまで追いたてる必要があるのだろうか。そんなに縄張りが大事か。無論だ。アルジは侵入者であり,しかも仲間を一人手にかけている。群れを挙げて排除すべき対象であろう。
額から流れるのは熱を冷やすための汗ではない。疲労と痛みで全身が悲鳴をあげているのだ。呼吸をしても肺が止まっているような違和感がある。かといって無理に呼吸を繰り返せば過呼吸になる。視野が暗く染まってゆく。
肺が膨らまない,だと?まさかさっきの毒針が,わずかに首を削っていたのだろうか。だとすればこの身体の異常は,疲労と寒さと飢えだけによるものだけではない。毒による麻痺も加わっていることになる。こんなときに自分の腕に感覚がないのがじれったい。首に怪我を負ったのか,自分で確認できないからだ。
自分の姿を確認できないながらも,外見がどうなっているか大体の予想はつく。全身の血が抜かれたかのように蒼白で,びしょ濡れで,放っておけば死ぬ。そう。虚凧は無理に自分に攻撃を仕掛ける必要はない。もしアルジに毒が回ったのなら,これまでの狩りのように,見失いよう追いかけながら,相手が力尽きるのを待てばよい。
虚凧が焦ることなどない。アルジはもはやこちらの姿を捉えることはできない。倒すこともできない。アルジが休もうとするたびにちょっかいを出せばいいだけだ。賢い。優れた狩人だ。この世界に制限時間などない。時間をかけ,じわじわと追いつめればよい。アルジを始末すれば,虚凧の生態は再び闇に隠される。次に誰がここを訪れようと恐れることはない。
虚凧の狩りは完璧だった。ついにそのときが来た。
アルジは幹にもたれかかるように崩れ落ち,動かなくなった。虚凧は取り囲むようにして距離を詰める。だがこいつは仲間を一人葬った。これも罠かもしれない。虚凧はアルジが相当弱っていることを認識しつつ,いつでもとどめがさせるよう,針の準備を怠らなかった。
虚凧のなかに,アルジに向けて針を構えるものがあった。仕留めるのは俺だ,と思っているのかもしれない。慎重な虚凧のなかでも気の強いやつなのだろう。
バシュッ。
風を切る音。直後,針を構えていた虚凧はミンチのように弾け飛び,網のような格子状の跡だけが残された。
「あれ,出力上げすぎちゃったみたいです」「アルジさんは」「あそこだ,あの幹の裏。キセイ,行けるか?」
何だ。虚凧たちは浮き足立つ。仲間がさらにやられた。助勢か。厄介なことになった。この敵も飛び道具を持っている。隣には大盾を構える者。獲物に駆けてくる鳥。連れのモンスター達。そしてひたすら何か指示を出す者。想像以上の大群だ。
虚凧の慎重な性格がここへきてまた裏目に出た。逃げきれないと判断したアルジは,交戦中を示す信号弾を放ち,力尽きるまでひたすら時間稼ぎをした。逃避行を続けるあいだ,アルジは虚凧が無理に攻撃をしてこないと確信していた。そしてボッチ団の救助が間に合った。虚凧たちは,完璧を求めるあまり,墓穴を掘ったのだ。
もはやこの数を相手にするのは難しい。やむを得ず虚凧達は撤退した。ボッチ団も交戦する気はない。冷たくなったアルジを回収し,急いでキャンプへと引き返していった。
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