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「ジブー,いいこだから,もう里へおかえり。私のことは気にしないでいいから」

湿原をのぞむキャンプで,アルジはジブーを撫でながら,里へ帰るよう促した。だがジブーはそこから動こうとしない。隊員を残してはいけないとか,特定の信号弾が放たれないかぎりはその場を離れてはいけないとか,特別なルールでもあるのだろうか。いずれにせよ,その様子がアルジを心配しているように感じ,アルジはジブーの豊かな毛に顔を埋め,肩を震わせた。


キャンプの中は,クビワの寝床だけ乱雑なまま,綺麗に片付いている。用具袋から煙幕など必要最小限の道具を取り出し,腰の鞄に入れた。肩の鎖は昨日のうちに手入れを施し,ひっかかる様子はない。アルジは腰掛け,外を眺めながら,戦いに備えた。

やがて覚悟を決めたアルジはキャンプを出て振り返り,ジブーに腕を振った。ジブーはそれに応じるように,その場に留まったまま吠えた。

じゃあな。

アルジは傾斜を下り,湿原に降り立った。ここに来るたびに何かが起きる。常に不安定で,平穏なときなどない。

ふと,長く伸びた影が動くのに気づいた。細かく揺れては,たまに素早く移動する。常にエサを探している動作だ。

探す手間が省けた。間違いない。湿地を食い尽くしたあいつはここまで進出してきたのだろう。翼を捨てたあの鳥がどれだけの力を持つのか,この目で確かめる。アルジは迷わず走り出した。

やがて他よりも大きなアルジの影に,向こうも気づいた。何の躊躇も,威嚇することもなく駆けてくる。動くエサだ。そう思っただろう。

まつ毛ほどだった影はみるみる大きくなり,そのクチバシが開く。こちらも止まらない。身体の大きさは頭に焼きついている。アルジは袖の下で肩を軽く回し,鎖を伸ばした。

不思議だ。大怪我を負ったら最後,仮にこいつを仕留められても逃れ得ぬ死が待つにも関わらず,アルジの心はいきいきとしていた。この間だけ,全てを忘れられるからだ。身の,心の思うままに任せ,勝負する。

相手の首が伸びるのに合わせ,身体をひねり鉄球を振りかぶった。よけようと首を引っ込めれば頭を砕く。縮めなければ首を凪ぐ。

はずだった。

巨大な足が視界に迫った。掴まれば一瞬で握り潰される。やむなくアルジは距離を取ろうとする。するとそのまま足が伸び,鎖のつながる腕の付け根を突き刺しながら蹴り飛ばした。

アルジは吹っ飛び,転がりながらもすぐに体勢を立て直す。相手は,巨脚鳥グリュンプリドは,大きな片目をこちらに向け,カチカチとクチバシを鳴らす。

こいつのやったことは単純だ。急停止して脚で相手を蹴ったに過ぎない。だがそれは,アルジの攻撃がもつ特性,そして回避するほうが危険であることを一瞬で読み切り,さらに初撃で相手の急所を突くという巧みなものだった。これはまるで,

まるでこちらの心を読んでいるかのようだ。

なんだこいつは?



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