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雪灯籠のための巨大な装置。それはトゲがびっしり生えた鉄球となった。表面には血管のような網目模様がはしり,禍々しさとともに,球が雪に沈むのを防ぐ。全てのトゲは鉄球についた縄の方を向いており,松の実のようでもある。引けば触れた相手の肉に食い込み,無理に耐えようものなら全ての肉を削ぎ落とすだろう。

この鉄球が雪灯籠への釣り針となる。果たしてきれいに飲み込んでくれるのか。縄は噛み千切られないか。予想通りに引っ張れるのか。

「それは皆さんの技能と,シンキさん達を助けたいという思いに賭けるしかないでしょうね」そうミミは答えた。

なにせ,これまで生体の観察報告は一例のみで,しかも分析に使用できたサンプルはわずかなのだ。もし全ての生体が明らかになっていれば,以前マッパが言ったように網を利用して捕えることだってできるだろう。

幸い,直前になって大きな助けが現れた。キセイが捕獲計画に志願してきたのだ。キセイは力の強い家畜であるダモスの扱いに優れ,相棒のゴリとワンワも頼もしい。この里の誰もがシンキを,そしてケライを助けたいと思っている。キセイの勇気にボッチらは感心し,本人もはにかみながらまんざらでもない表情だった。


昨晩アルジが発見したのは胞子状の光であって,正確な生息地点は現地に着くまではわからない。アルジの足の状態や,ボッチ達と離れすぎていたこともあり,昨日の時点でより詳細に把握するのは不可能だったためだ。そこで,昼のうちに地図をつけた場所まで装置を牽引し,夜を待って場所を特定する計画を立てた。

夜に弱いクビワは,シッショとともに昼の牽引役を担当し,他は夜に備えることになった。ボッチとマッパは宿舎に戻ると早々に眠りにつく。里で待機するミミが加工場の後片付けをしていたところに,アルジがやってきた。

「ミミさん」アルジの呼びかけに,「あれ。今日も眠れないんですか?」とからかう。次いで,いえ,あのときはありがとうございました,という言葉に,いいんですよ気にしなくても,と答える。「それで何か?」

話しづらそうなアルジに「またつらいことでもあったんですか?」と尋ねる。ふつう,こんなウジウジした態度をとっていれば張り倒されてもしょうがないものだが,ミミは笑顔で首をかしげ,相手に話すよう促す。

その様子を受け,アルジは顔を上げると真剣な目でミミを見て言った。「森のあの獣のことなんです」

「あ…」とミミの表情が曇る。当然だ。まだ一週間もたっていないのだから。今でも悪夢をみるだろう。少しでも忘れたいに違いない。だがアルジは好奇心で破裂しそうだった。ミミにどうしても聞きたかった。どれほど罵倒されようともかまわない。そんな覚悟だった。

ミミは歪んだ顔をそらし,動悸のする胸を抑えてなんとか言葉を発した。「何でしょう」

「水の蒸発であれだけの爆発は起きますか」

ふっとミミが顔を上げる。スイッチが一瞬で切り替わった。ミミは察したのだ。アルジは解き明かそうとしている。あの悪夢の正体を。

理性と好奇心は恐怖を凌駕する。

うつむいて長い間考える。再び顔を上げるとミミは答えた。「体液を蒸発させてあれだけの爆発を起こすのは難しいと思います。死ぬ覚悟ならともかく」

「他に考えられる候補はありますか」「そうですね。可燃性の粉末をまいて着火した可能性もありますが」「大量の粉末を乾燥した状態で身体に蓄えるのは困難なのではないですか。仮に可燃性の皮脂や毛髪片を利用した場合は自分もまきこまれてしまう」「そうですね,そうかもしれません」そうかもしれない,とミミが言ったのは,実際に粉末を保持することが困難かどうかはわからなかったためだ。アルジは発想の豊かさとひきかえに論理のステップがぎこちないことが多い。

「水以外に何らかの液体を使って着火したという可能性はありますか。油とか」「油なら延焼するはずです。そもそも着火するにはそれだけの温度を何らかの反応で」ミミは自分の言葉にハッとした。

「単体の液体なら無害でも,特定の組み合わせで爆発的な反応が起きる場合があります」

そうしてミミはいくつか例を出した。聞きなれない物質名の洪水にアルジもうろたえたが,要点は聞き漏らさないよう集中する。

「つまり一つ目の液体を噴霧してから二つ目の液体を放出すれば,特定の対象を狙った爆発を引き起こせる可能性がある。そういうことですね」「そうです。それなら可能です」「しかも単体なら無害だから体内に保持しておくこともできる」「その通り。ですが,どの物質なのかを特定するのは簡単ではありません」

「それがわかれば十分です。ミミさん,ありがとうございました」アルジは頭を下げ,書架へと駆けていった。

アルジは好奇心の赴くままに突っ走っているにすぎない。だがそれがミミには,どんな逆境でもめげない強い心を持っているように見えたのだった。



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