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この章にストーリーの進展はない。時間を進めたい読者は飛ばしてほしい。

アルジはようやく治療室から解放されたが,直後,自分の居場所がなくなっていることを知った。アルジの部屋は物置になっていた。ケライの部屋が資料で埋まっていることがわかり,その一部をうつすため,隣にあるアルジの部屋を明け渡すことになったのだ。もとからアルジは一文無しでこの地に訪れた。ゆえに部屋は殺風景である。撤去するのは容易だった。既にかつてアルジの部屋だった場所には何箱もの資料が置かれ,かつての主が入室するのを拒むように鍵がかかっている。

これを提案したのはボッチである。空き部屋もあるにはあるが,雑多な物が放置されているし,掃除も必要だ。しかも遠くまで移動させるのは面倒だし,ケライにとっても不便だろう。ということで,アルジの部屋が没収されたのである。

確かにアルジはラウンジで寝ることも多かったし,部屋が殺風景だから必要ないと判断されたのも仕方ないのだろうが,これはかなり堪えた。こらえてはいたが,本当に泣きそうになった。アルジはかなり自分の居場所を気にするほうである。自分の居場所があるからこれまで安心して無茶できたのだが,それを奪われてしまったことで深く傷ついた。つらかった。

マッパを筆頭に,この里では割り当てられた部屋をほとんど使わない者もざらなので,ボッチとしてはアルジも同じような人物だと思ったのかもしれないが,全く逆だった。むしろアルジこそ自分の部屋が不可欠だったのだ。

ただこうした仕打ちを受けたときにちゃんと自分の意見を言えないのはアルジの悪い癖である。許可もなく部屋を奪ったんだから新たな部屋を綺麗な状態で提供するのは当然である,とか言って怒るだけでよいのだが,居場所が奪われた,というショックがあまりにも大きく,自分を失ってしまったのだろう。これだけ頑張っても自分は何の相談もなく部屋を追い出されるような軽い存在でしかないのかと思い虚しくなったのかもしれない。自分で場所を確保しなければすぐに死ぬような状況,たとえば遭難,ならばいかようにでも立ち回れるのに,不思議なものである。

ボッチにそれを告げられ「わかりました」と一言答えたアルジは,ふらふらと書庫へ向かい,誰もいないテーブルに突っ伏した。書庫は申請しなければ夜に閉鎖される。だがこれから毎日申請する気はおきない。


自分の部屋のドアノブを回し,引いた瞬間に鍵がかかっている,ゴツンというその音と感触が忘れられず,それを思い出すたびに,自分が世界から拒絶されていると感じた。ようやく落ち着きつつあった,自分を壊そうとする衝動が再び黒い沼から腕を出し,全身を引きずりこむようだった。

「お前抜きな」「どうして?」「友達じゃないから」

それとは違う。だが頭から離れない。

上着を頭からかぶった。自分の呼吸がひきつるのを抑えられなかった。いじけていれば誰かが助けてくれるなんて全く思っていない。

ただ,悲しいだけだ。


「アルジさん」自分の両肩にあたたかい手が乗るのを上着越しに感じた。ケライは冷え性だからこんなにあたたかくない。「何ですか」突っ伏したまま,目をこすりながら答える。「ボッチさんを叱ってきました。説明不足でアルジさんを悲しませたって」「悲しんでません」「ふふっ」

ようやくアルジは顔をあげ,上着で顔を拭いて着直した。泣いてない。ケライの教えは守る。

声の主はミミであった。隣の席につき,アルジに言う。「ケライさんの部屋が満杯なので,アルジさんの部屋を使ったらどうかってボッチさんが提案したとき,じゃあアルジさんは私の部屋で受け入れます,ということになったんです」

「ミミさんの部屋?」「はい。私の部屋は特別大きいので,寝床も二つありますし,アルジさんの怪我が痛んでもすぐに対応できます。それに,義足の手入れ,とかも。どうですか」

そんな。迷惑です。そう言おうとした。だがアルジは相手の好意を素直に受け入れてしまうほど頭が悪かった。というか,とっさのときにいつもアルジが助けを求めるのはミミだった。

ほんのすこしでいい。誰かに甘えたかったのだ。

「迷惑じゃありませんか。私は部屋に一日中いることもありますし,夜に起き出すこともよくあるんです」「気にしないでください。さみしくなったらいつでもお話聞いてあげますよ?」その言葉を聞きアルジは赤くなった。

そうしてアルジはミミの提案を聞き,ミミの部屋で過ごすことになった。



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