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翌朝,アルジはクビワと二人きりで話したい旨をシッショに告げた。危険なことはお断りだよ,という条件で,クビワを里の外に連れ出す。トレーニングにつきあってほしい,等と言えば不信に思われなかったのだが,昨晩興奮で一睡もできなかったせいか,少し気分がおかしくなっているようだ。

「なんだ?とっくんしたいのか?」

クビワが無邪気な笑顔で話しかける。涼やかに響きわたる声と相変わらず鍛え抜かれた瑞々しい身体に,アルジは思わず心を奪われそうになる。あれだけの戦いを経てなお,その肌は透き通るようにきめ細やかで,傷ひとつない。そのまま直視していては見とれてしまってまともに話しかけられないので,とりあえず座ろうか,と木の根本に腰かけ,義足を外した。

するとクビワはその膝に乗り,じゃれるように頬をすりつけてくる。「ああ,くすぐったいよ」

シッショが命をかけてもクビワを守ろうとするのがわかる。こんな清らかで純粋な宝石が自分を慕ってくるのだ。どんな困難でも打ち勝てる勇気を与えてくれるだろう。

ただ,アルジは自分の考えを確かめるため,クビワにどうしても聞かなければならなかった。

「クビワ」「ん?なんだ?」「前に,クビワの仲間が森にいるって言ったよね」

わずか一言で,あれほど輝いていたクビワの瞳から光が消える。「…いった」


「それって,黒いタコみたいなやつ?」


…!

クビワはアルジの服をぎゅっと掴む。そうか。やはりそうだったのか。アルジはその真実に大きく息をはく。

クビワを育てたのは,おそらくアルジが虚凧ディディンナと呼んでいたものだったのだ。アルジたちはクビワの仲間と知らず,というよりはアルジが縄張りに入ってしまったからしょうがないのだが,仲間を何匹,もしくは何人か,殺めてしまった。

幼いクビワを,母はその長い触腕でゆりかごしていたのだろう。クビワの類いまれな運動神経を育んだのは,きっと仲間や兄たちだ。血の嵐でクビワは仲間とはぐれたのだろうが,森でわずかに生きのびる者がいた。種族の異なるクビワを育てるだけの高い知能を持ち,血の嵐を生きぬくだけのしたたかさを持つ,森の住人。それとアルジたちは敵対してしまったのだ。

「クビワはその仲間とお話しできる?」その問いにしばらくしてクビワは首を横に振った。「コトバがちがう」

コトバ,とは群れごとに異なるしきたりや規則だろうか。もし森の虚凧たちがクビワと異なる群れの者ならば,交渉は難しいだろう。大穴は森の奥にある。なんとか遭遇せずに済ませたいのだが。

いや,それよりも,アルジはクビワとのわずかな会話から,もうひとつの確信を得た。それを伝えに行かなければならない。ただその前に,まずは落ち込むクビワにお礼をしなければ。

「クビワ,ご飯は食べた?」「たべた」「じゃあ私と遊ぼうか」クビワはパッと顔を上げ,さっきまで見せていた笑顔に戻る。

「あそぶ!」

それからアルジはもはや大人とも呼べるほど大きくなったキバとツメを連れ,シッショの付き添いのもと,山を駆け,じゃれあって遊んだ。昔に戻ったように,時間も忘れ,日が暮れる頃にはアルジはヘトヘトだったが,クビワは本当に楽しそうだった。アルジも全身の細胞が喜んでいるような満足感をおぼえた。

そうして里に帰ると,仕事を放り出してどこへ行っていたのかと,ボッチとケライにきつく叱られた。



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