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その拳が爆発していたら。義足にわずかでも違和感があったら。様々な偶然が重ならなければこの物語の主人公は変わっていた。

すんでのところでアルジは回避に成功し,水たまりに豪快に突っ込む。さらなる追撃をかわし,転がりながら倒木でできた穴ぐらに駆け込んだ。それをありあまる膂力で破壊し,森の王は迫る。

「アルジっ」ザエルの後ろをシッショが追う。背の低いシッショを木が邪魔し,思うように距離を詰められない。アルジは爆竹を撒いて攪乱するが,ザエルにはほとんど効果はないようだった。

こいつは以前手合わせした個体と同じだ。アルジは確信した。あのとき,仲間を守るためとはいえ,手の内を見せすぎた。こいつは爆竹はブラフでしかないこと,アルジに大した戦闘能力がないことを見切っている。敵の頭数を減らすには弱いものから潰す。その知能の高さに改めて感心した。

感心。この状況でアルジは相手に感心している。それだけじゃない。数歩でトップスピードに到達する驚異的な筋力に感動した。これほどの高い運動性能はこれまで見せたことがない。何のためらいもなく攻撃にうつるその動き。前回とは異なり,アルジを排除すべき敵とみなしていることは明らかだ。今ならこいつの全力を見られる。感じることができる。

全神経を回避に向け,間一髪のところでかわしつづける。だが敵の動きは予想していたよりも速い。断ち切られた髪がばらまかれ,頬や膝から血がにじむ。一度でも地面に足をとられたら終わりだ。だがミミの心がこもっているかのように,アルジの新たな足はしっかりと大地を捉えた。

喉がひゅうひゅう言い始めた。興奮とは裏腹に,自分の肉体は森の王に比べあきれるほど貧弱だ。酸欠で視界が狭まる。

だがこちらは一人ではない。ふいにザエルの動きがかわり,距離をとった。その背後には顔をしかめたシッショが立っている。外した,とでも言うような表情だ。

アルジはぜえぜえ息をあげながら,口に入った泥を唾液とともに吐き出す。思っていたほど二人の連携はうまくいかない。それはザエルの動きが速いだけでなく,以前はキセイの指示が巧みだったからだ。キセイは無口で,皆と時間を過ごすこともほとんどないけれど,誰よりも仲間のことを考えている。そうでなくては,初めて組んだアルジとあれだけのコンビネーションを見せることはできない。

仲間。そういうことか。

「シッショさんが仕掛けてください。私が合わせます」アルジは叫んだ。この場所で,この相手で,経験豊富なのはアルジの方だ。だから自分がシッショに合わせる。シッショの攻撃を活かす。

ザエルの攻撃は全て即死級の威力を持つ。しかもまだやつは必殺を使っていない。余力は十分だ。それに対し,こちらが奴を仕留めるチャンスは多くても三度ほど。数少ないチャンスを活かして,ザエルを葬る。

なんと血沸き肉踊る展開だろうか。アルジは楽しくて仕方がない様子だった。



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