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アルジの弁明,および説明を経て,湿地のザエルと呼ばれていたモンスターは,雷掌獣ザエル・ウロと名づけられることとなった。既に発見されているモンスターの近縁種が発見された場合,新たな通称と,近縁種として区別できるような短い綴りが与えられることになっている。アルジは既に湿地に向かう気でおり,仮にそれが中止された場合,落胆したアルジは使い物にならなくなる。ボッチとしてはアルジの挑戦を受け入れるしかなかった。

ところでシッショは,クビワの安全を何よりも重視するにも関わらず,なぜアルジの提案を受け入れ,雷掌獣を倒すためのトレーニングに付き合っているのか。それはアルジが『一対一でザエル・ウロを倒す』と宣言したからである。クビワには申し訳ないが,はだしで雷掌獣の攻撃を回避するのは不可能だ。なぜなら空気中ほどではないもののその雷撃はクビワの反射速度より圧倒的に速く,しかも水中を拡散して広範囲に伝わるからだ。おそらく水辺で戦うかぎり,正対すればマッパですら勝ち目はないだろう。まあマッパなら何らかの危機回避能力が働いてかわせるかもしれないが,こんな無意味な戦いに首を突っ込むとは思えない。今の里で雷掌獣とまともに渡り合えると推察されるのはアルジだけだ。

さて,義足をミミに渡したアルジは久々に歩行器の世話になることとなったが,この日にかんしてはさほど問題にはならなかった。トレーニングを終えたシッショとともに,雷掌獣にかんする追加の報告書を書くことになったからだ。シッショは文章はヘタだが字は書ける。アルジが話す文章を代筆すればよい。これまでシッショ,クビワの二人が著者だった報告書に新たに第三著者としてアルジが加わるだけだ。それにも関わらず内容の質は大きく向上した。全てはケライによる指導のたまものである。

その間,暇なクビワはキバとツメ相手に遊びながら,人間への手加減を教えていた。人間はザエルほど毛が深くないから,ひっかけばすぐに出血するし,噛めば肉が裂ける。キバとツメにその気がなくても,成長すれば人を傷つけることになるかもしれない。そこでどれくらいの力で遊べばよいのか,じゃれ合うなかで学ばせようとしたのだ。これはまだ自分が獣だった頃,シッショに学んだ方法だった。

そのなかで明らかになったのは,二匹がかなりの緊張状態にあったということだった。ショムらの癒しとして大いに活躍してはいたが,運動量が足りず,不満だったのだ。実はキセイも二匹の体調からそのことをわかっていたのだが,キセイ自身は自由に雪山を駆け回れるほど頑健な身体は持っていないし,里の他の人に伝えるだけの勇気がなかった。

というわけでクビワには,里にいるうちは毎日キバとツメを散歩に連れ出す係が割り当てられることとなった。今までにないほど遠くまで遊びに出られたことで二匹とも大喜びだった。やがて毛ヅヤも良くなるだろう。しかも食べ物の埋まった場所を次々に探し当てるので,里での暮らしにも貢献することになった。二匹は里の誰よりも若いが,その身体が生まれ持つ知恵は里の誰よりも豊富なのだ。ただし光る胞子にはくれぐれも注意する必要があった。それは雪灯籠が近くにいることを示すからだ。



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