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柔らかな香りと感触でアルジは目覚めた。その身体は何かに包まれ,揺れている。

「ケライ」反射的にアルジは名前を呼んだ。

「何ですか」間違いない。ケライだ。

「今の状況を教えてほしい」「里へ帰還しているところです」「ケライが私を助けてくれたのか。ありがとう」返事はなかった。

大きく胃が浮く感覚がした。そうか。ジブーに乗っているのか。

「二つ質問していい?」「答えられる保証はありませんが」「いいよ」「どうぞ」「どうやってあのモンスターから逃げたの」「あのモンスターは大食いだ,とショムさんから聞いていたので,用意したエサを巻いたら追ってこなくなりました」「ありがとう。あとどうやって私の場所がわかったの」「アルジさんが一人になるときは,新たにモンスターが発見された場所にいます」よくわかっている。

「ごめん,あとひとつ。どうやって里から私のところまで来たの。ジブーは拠点にいたはずなのに」「ビュンを使いました」ビュン。キセイのペットだ。アルジはまだ見たことはないが,ケライは以前大怪我を負ったとき,ビュンに運ばれて助かったと聞いた。ケライは小柄だから,移動手段になったのだろう。

ケライの身体は暖かかった。何か,なつかしいものを思い出すような。その心地良さに,アルジのまぶたが下りてくる。

「アルジさん,起きてください」「はいっ」まどろみで呼ばれ,ハッと目が覚める。

「もうすぐ里です。戻ったらまずオヤブンさんに謝ってください」「う…うーん」「謝ってください。いいですね」「…ケライも来てくれるなら」

「私はまずオヤブンさんに報告する義務があります」「じゃあ,私も行く。里に着いたら,私の部屋から歩行器を持ってきてほしい」「私は鍵を持っていません」「平気。鍵はかけてないから」そう。だから以前,クビワを世話するはめになった。

ふっとケライは何かに気付き,立ち止まった。そして里の手前でアルジを下ろすと,「歩行器を取ってきます」と言って先に一人で走っていった。おすわりをするジブーの横で毛布にくるまれたアルジは,わずかに身体を動かすたびに,痛みがはしるのを感じた。状態はかなり悪いようだ。首の筋か,背中の骨に違和感がある。抱かれているときは気付かなかったが,片耳にひどい耳鳴りがつづき,半身が動かない。頭痛がひどい。頭の骨が折れていなければよいのだが。

しばらくしてケライが歩行器を引いて戻ってきた。アルジの毛布を脱がせ,代わりに分厚い上着を着せる。半身の利かないアルジはケライに付き添われながら,ひょこひょこと進みつつ里の入口を目指した。

空の様子から,夜も遅い。にもかかわらず,ラウンジには明かりが灯り,人の気配がする。そこには,ボッチ団全員と,シッショの姿があった。

アルジが生きて帰ったことに全員は安堵したが,直後,騒然となる。ミミは声にならない悲鳴をあげ,思わず傍のシンキの胸に顔を伏せてしまう。シッショでさえも正視するのがつらそうな様子だ。

「アルジ,いまショムさんを呼ぶから,ここにいて」そうシッショが駆け出そうとするのをケライが止める。「いえ,まずオヤブンさんに謝りに行きます」「こんな大怪我じゃ無理だよ」「ボッチさん,アルジさんをオヤブンさんのところに運ぶので手伝ってください」

ボッチは眉間に皺を寄せたまま,無言だった。その様子を,シンキは震えるミミの髪を撫でながら,心配そうに見ている。ボッチ,やめて。「わかった」

はっとするシンキを横目に,ボッチはアルジを歩行器から引き上げると,負担にならないようできるだけ優しく抱き上げ,階上に運んだ。だがそれでさえひどい痛みを催すのか,アルジはつらそうに呻く。明らかにまともでない身体の手応えに,ボッチの顔が歪んだ。やわらかいプリンを掴み上げようとしているような感触だ。骨の支えを感じない。おかしい。こんな状態で,まずオヤブンに謝る?正気か?治療が先だ。こいつら何を考えているんだ。だがケライから感じる異様な雰囲気に,断ることができなかった。

「歩行器はあとで廊下に置いておくからな」オヤブンの部屋までアルジを運び,床に下ろすと,そう言ってボッチはラウンジへ下りていった。

ケライがドアをノックする。「ケライとアルジです」少しして中からオヤブンの返事があり,二人は部屋へ入った。



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