008
その晩,当然ながら歓迎会が行われたのだが,慣れない酒に酔ったアルジは早々に抜け出し,夜風にあたっていた。そんな姿を映していても誰も喜ばないので宴会はどうなっているかというと,いまだケライとクビワの大食い合戦が続いていた。
食事の席になってアルジも初めて知ったことだが,ケライはすさまじい大食いだった。口に運ぶ動きは人並みなものの,いつまでもその動きが鈍らないのである。それに気付いたシッショが指摘すると,調査隊きっての大食いでならしたクビワが勝手に対決を挑み,激しい戦いになったのだ。だがマイペースに食事を進めるケライに対しクビワは劣勢だった。ケライが順調に皿を重ねるたび,歓声が外まで響いてくる。「け,ケライ,つよいな。でもクビワはへんきょう,さいきょう。ま,まけ,ない」「私が強いとか,負けないとか,どういうことですか」「ケライさんがんばって」「どうしてショムさんは私を応援してるんですか。何を応援してるんですか」ケライがこれまで経験したことのない光景だった。クビワ達にとっては決闘の場面でも,ケライにとっては普段の食事にすぎないのだ。
初めて会った晩,アルジととったケライの食事は人並みだった。好きなものを頼んでいいよ,と言えばよかった,とアルジは後悔した。里の食料は豊富だが,保存を優先しているため味がさほどいいわけではない。街の豊かな料理には劣るから,ここへ来る前に十分に味わってもらえればよかった。翌日にはあのバケモノがすべてをふっとばしたのだから。
そのケライがいなければここへ来ようと確信することもなかったかもしれないし,ミミやオヤブンを説得することもできなかったはずだ。誰かの力に頼って物事を解決しようとするのはもうやめたはずなのだが。今言うのは恥ずかしいので,あとで感謝を伝えようと思った。と,そんな気色の悪い思いにひたるアルジの視界に月の光とは異なるものがうつった。それは伝説にきいた妖精のような明滅する光を放ち,ゆらゆらと揺れている。
その芯に何があるのか目を凝らしてもよく見えない。アルジが近付くと,それはまた揺れながら里の外へと浮遊する。アルジは背後の声を一瞬振り返ったが,支給された必需品の入った鞄だけ持ち,その妖精を追った。
里から出ると,周囲の山にいくつもの光がゆらめいている。雪の中から星の卵が生まれているかのような光景だった。そのひとつをアルジは追うが,それは意思をもつかのようにゆっくりと雪山を進んでいく。
地平線の向こうにはわずかにのぞく太陽がこちらの様子をうかがっている。薄い青空のなか,風もなく,雪を踏む音と自身の吐息だけが耳に届いた。やがて山の中腹か,開けた場所に出た。そのなかで妖精は止まってこちらをながめているように見える。アルジは虫取り用の小さい網を取り出して慎重に近付くと,上から網をかぶせた。
バツン。
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