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森の東で,ボッチ団はなぜマッパがこの川で引き返したのかを把握した。深く抉れた谷になっており,そこで森も道も断ち切られている。昔,氷河が削り出してできたものだろう。幸い,斜面はそれほど急ではなく,下りることができる。ただ,マッパが来た当時,川を渡るための道具を持っていなかった。わざわざ里に帰ってボートの資材を持ってくるよりは,他を道を探索することを選んだのだ。
川向こうに平地が広がる。それは砂利でできた河原ではない。コケか何か,地衣類が自由に繁茂している。そしてそこは,裂掌獣や狡舞鳥に怯えるこちら側とは無縁の平和な世界だとわかった。緊張感のかけらもない,とある生き物を見つけたのだ。
豚である。豚か?それは重要ではない。この地の生物に詳しくなくてもわかる。本能が告げる。これは食料だ。それも丸々と太り,鈍重な。その姿を認めたとき,ボッチ団の興奮は一気に高まった。ボート,オッケー。調理器具,オッケー。キャンプ道具,オッケー。
それからボッチ団は流れのゆるやかな川を猛烈な勢いで渡り,あっという間に向こう岸についた。捕獲はミミの仕事である。背負った筒を構え,網を射出すると,難なく豚が収まった。見かけはまぎれもない豚である。強いていえば,目を覆うほど腫れぼったいまぶた,垂れて閉じた耳,細い鼻の穴などが異なるが,まあ,地域差で説明できるだろう。ただ,とてもおとなしく,食べるのがためらわれるほどだった。
手早くシめ,四人でテキパキと処理を進める。安全を確かめるため肉を一切れコッコに渡すと,ためらいもなく食した。毒はないようだ。夕食の分と,里に持ち帰る分にわけ,余った分はキセイの相棒に丸投げだ。
「今晩どこで寝る?」シンキが手を洗いながら言う。「ここは低いからもう少し高いところがいいだろう」ボッチは水を払い,手をぬぐいながら答えた。とはいえ周辺はかつての氷河が綺麗にならしてしまっている。
ボッチはあたりを見回した。明日も探索することや荷物の量を考えると,なるべくこちらにテントを構えたい。
「キセイ」ボッチの声に,コッコ達にエサをやっていたキセイが手を払ってやってくる。「ワンワはあの崖を登れるか?」ボッチはキセイの目の高さまでしゃがんでからそう言うと,岸からやや離れた場所を指差した。その崖は並の人間ではいくらジャンプしても届かなそうな高さだ。背丈の倍以上はあるだろう。だが,それでもこの付近では最も低い。
キセイは無言で両手を差し出した。ロープを出せ,という合図だ。「待ってろ」とボッチはボートまで戻り,丸めたロープを手に持って戻ってくる。それを受けとったキセイは「ワンワ」と声をあげ,手を叩いた。ワンワが走ってくると,笑顔で首を撫でてやり,軽快なリズムで笛を吹いた。
ロープの片方を口にくわえたワンワは,キセイとともに崖の下まで走って行くと,指の差すほうへ一気に駆け上がった。そのまましばらく時間が経ち,崖の上から吠える。賢い相棒である。おそらく上に生えた木にロープを結びつけたのだろう。
それからボッチを先頭に,キセイ,シンキ,ミミの順で登った。そして安全を確保したボッチは一旦下りてから,テントの素材でゴリとコッコを包んで再度崖を登り,重量級の二頭を全員の力で順番に引き上げた。
汗だくのボッチだったが,シンキに「よくがんばった」となでてもらうだけで,再び力がわいてくるのだった。夕方になり,四人はテントを設営し,崖下に黒く影がのびはじめる川と低地を眺めながら,待望の肉を思う存分に食した。自然の肉が食べられるのは一体いつぶりだろうか。しかもこの豚は一頭だけではない。コケの広がる平地に群れを作っている。
ふいにボッチは思った。こんな食べ物にありつけたとき,以前はひどいめにあった。皆は笑顔でいるが,誰もが心のどこかにひっかかっているだろう。だから,自分はテントから一番離れた,こちら側の森に目を向けている。いつ襲いかかってきてもいいように。
幸い,夜になっても敵の襲撃はなかった。寒さがこたえるので,四人はテントに入って眠りについた。ペット達はテントに入れないので,かわりに大きな毛皮をかぶった。
キセイを真ん中に,ミミとシンキが川の形で横になって眠った。恥ずかしがったボッチだけが,一人そこから距離を置き,三人に背を向けて寝た。
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