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翌朝,前回までの調査で中断した場所へ向かってから作業を再開する予定だった。その道中で,昨晩の奇行こそ夢であってほしいと,アルジは何度も願った。シンキがミミとアルジをニヤニヤしながらからかう。ミミは苦笑いしながら,「アルジさんの腕が痛むというのでさすっていただけですよ」と言った。

シンキがアルジの隣にやってくるとひそひそ声で聞く。「それで,どこまで行ったんですか」アルジは赤面しながら無い腕を振って否定する。「ほんとに何でもないですって」そのぎこちない返事にシンキは声をあげて笑った。ボッチは相変わらず「何の見境もないやつだな」とアルジに苦言を呈した。

キャンプは雪山から下ったところにあり,まだ雪が多く残っている。そこからしばらく進むと,針葉樹の茂る森が広がっている。森はまだ調査をする予定はなく,付近の平地で土の質や植生を調べることになっていた。このあたりには小型の草食動物はいるものの,群れで生活するような肉食獣を養えるほど豊かではない。安全に調査するのに向いた土地といえるだろう。

ボッチはシンキと,アルジはミミとともに調査を開始した。キセイはペットの好きなままに振る舞わせ,その様子をまとめることになっている。要するにペットが食べられるものがあるかどうかが重要なわけだ。

北の大陸にはまだまだ知らない独自の生態をもつ生物がいることが推察される。だがそれらが自然の法則に逆らうことはおそらくない。時間や空間を操るような生物はたぶんいないだろうし,エーテルや魔力を糧にするような生物もいないだろう。ごく一部をのぞいては。実際,寒いこの地で熱帯のマングローブのような場違いの植物は発見されていない。ほとんどは丈の低い草ばかりだ。

ごく一部,というのにあてはまるのは,アルジ達が最初に出会った紫針竜と呼ばれる生物のことである。報告書では紫針竜ブレミオンと名付けられている。超高度からクレーターを作るほどの突進能力をもち,それでいながら肉体に損傷を生じない組成は驚異であるし,捕食行動にしては過度にすぎる。それだけの栄養をどこから補給しているのかも当然ながら不明だ。まれに紫の流星として空を横切る姿が報告されているが,未だに何かを食べている様子は観察されていない。南方と北の大陸を通過する人間に対し選択的な激しい攻撃性を示し,いわば,紫針竜ブレミオンのせいでこの二つの土地が隔絶され,互いに連絡がとれない状態になっている。この生物を退けないかぎりは元の地に戻れない。いずれ対峙するときが訪れるだろう。

「調査範囲を広げてもいいかもしれませんね」アルジは昼食のときに言った。午前の調査では,事前にミミから聞いた以上の発見はなかったし,過去の報告でも同じような箇所をグルグルと回っているだけのように感じられた。だが「素人が口を挟むな」とボッチが声を荒らげる。まあまあ,とシンキが間に入る。「でもそろそろあたしも新しいところに行ってみたいんだよねー」ミミも軽くうなずく。二人も調査に進展がないのを多少ながらも感じていたようだ。

「ねえ,あっちの森に行ってみない?」シンキが提案した。「こわーいモンスターがいるかもよ」

不意にシンキはアルジを見た。「アルジさんの手をー,食べちゃったやつとかっ」そう言ってアルジに抱きつき,怖がらせる。

「やめろっ」ボッチが叫ぶ。場に緊張がはしった。しぶしぶとシンキがひきさがると,ボッチは「わかった。」と言い,食器をおいて話した。「午後は森の周辺に入ろう。迷ったらいけないから少しだけだが。」その言葉にシンキは「やったー」と大喜びする。だがボッチはそんなシンキの様子は無視し,アルジをにらみつけた。



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