036

その夜。

里で飼う二頭のダモス,アルジ,マッパ,ボッチ,シッショ,さらにキセイと相棒のゴリ,ワンワ。球状の捕獲兵器を携え,調査隊が動員しうる全戦力は雪灯籠の近くで息をひそめている。すでに胞子状の光から場所を割り出し,アルジの確認のもと,装置の投下地点は決定した。あとはタイミングを合わせ放つだけだ。

調査隊らが待機する雪面は踏み固められてある。靴底も滑りにくくなるよう加工を施した。それがどれだけ有効かはわからないが,ダモスとゴリ,ワンワの力だけで足りないときにわずかでも加勢するのが目的だった。

「準備はいいな」ボッチが言う。アルジらは無言で頷いた。時間がないながらも里で練習を積んだ。やるべきことはやった。

「いくぞ」四人とゴリは全力で球を押した。それは速度を上げ,目標地点に迫る。さらに,頃合いを見計らって,ダモスはキセイの合図で逆方向に走りはじめた。

バツン。

雪の弾ける音とともに,その忌々しい柱が姿を現した。全身を見るのはアルジも初めてだ。

鉄球は計画通りその身体へ飲み込まれた。さらにダモスの優れたスタートによって,雪灯籠の飛び出す力は自身を引き上げる力に利用され,その身体を地上に留めた。天にそびえる黄土色の柱は傾き,もはや自力で雪中に戻ることは難しいだろう。「やった」ボッチとシッショが歓喜の声を漏らす。すぐにマッパとゴリはダモスの加勢に入る。

まずい。二つの意味でアルジは思った。

でかすぎる。アルジが初めて会った個体の倍近い大きさだった。おそらく鉄球についたトゲの返しは大して機能していないだろう。雪灯籠の口でひっかかっているだけなのではないか。そして雪灯籠の口の鋭さは,あれだけ硬い縄をも断ち切ろうとするほどだった。

雪灯籠の柱は縄に引かれるように斜めになり,なおも耐える。時間はない。雪灯籠の口から装置が飛び出す前に全身を引きずり出せるのか。縄は耐えられるのか。キセイもわずかながら助力し,全員で引く。

すると不意に抵抗がなくなった。同時に,柱から桃色の物体がずるずると力なく引き出される。

やった。成功だ。誰もが思った。次の瞬間,その硬い口が割れ,黒い球が飛び出した。「よけろ!」マッパが叫ぶ。それは重さに似合わず上空でくるくると回転すると,アルジ達に迫った。蜘蛛の子を散らすように逃げるアルジ達。だが,そのなかで一人だけ,恐怖で身動きできない者があった。

「キセイ!」アルジは渾身の力で駆けた。キセイを腕のない肘で抱きかかえると,そのまま雪面に飛び込む。

轟音と氷雪をぶちまけ,巨大な球は地面深くに埋まった。



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