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この章はストーリーに多少展開があるものの,辛気臭い。読まなくてもストーリーの理解に影響はないので,それが嫌な読者は飛ばしてほしい。
ジブーに乗って雪山を駆け下りながら,アルジは自分がとり返しのつかないことをしていると思い,同時に,妙な興奮も覚えていた。
どうして私はこんなことをしているのか?
なぜ私は何度も救われた命を,みすみす捨てようとしているのか?
いや,捨てるつもりはない。心の上ではそうだ。だが,下の方では,捨ててもかまわない,そう思っている。心の底から昇ってくる。
帰還した翌朝までは普段通りだったはずだ。普段通りに食事をとり,トレーニングをしてから,ラウンジでシッショとともに報告書を書くつもりだった。だが,ふいに,なぜか,獣舎に足が向いた。何の気はない。キバとツメと遊ぶキセイを見にいくだけだ。それだけだ。キセイと目を合わせ,無口なキセイに朝の挨拶をするだけだ。それだけ。
そこにキセイはいなかった。ゴリ,ワンワ,キバ,ツメもいなかった。ただジブーだけが後ろ足で首をかき,あくびをしていた。そんな。まさか。いや,知っている。朝の散歩。この時間だけ,ジブーは誰も見ていない。やめろ。だが足は勝手に進む。
アルジはジブーの首を撫で,背中にまたがると,一気に走らせた。
自分が里を出るのを誰か見たかもしれない。だが見つけたところで,誰に伝えたところで,ジブーには誰も追いつけない。
脱走?表向きは。
表?裏などない。いや,ある。言い分はある。あの鳥。自分と雷掌獣の戦いに水を差した鳥。アルジが昨日重脚鳥グリュンプリドと暫定的に名づけた鳥。あれを倒す。馬鹿な。倒せるわけがない。かなわないでも一矢報いるまで。無駄だ。死ねば調査隊員として敗北と同じだ。言い訳なんかいらない。正直に言え。
そうだ。私は嫌になった。何をしてもオヤブンに認められることはない。会うたびに文句を言われる。私が口先だけの無能だからだ。規律を破るからだ。生意気だからだ。反抗的だからだ。身勝手だからだ。だから言葉で傷つけ,縛ろうとする。貶しておとなしくさせようとする。私は馬鹿だから,何度言っても聞かないから,どれだけ言っても外に出ようとする私のことだから,どれだけ傷つけようが,食事でもして一晩たてばケロッと直ると思っている。
違う。私は全部覚えている。
きっとお前は言うだろう。「そんなこと言ったっけ?」
言った!言ったのだ!!
だって,覚えて,直さなきゃ,同じことでまた怒られるからだ。殴られるからだ。拳で。鞭で。冷たい水で。だから覚えた。直そうとした。でも直したはずなのに怒られた。全然できてない。前と言っていることが違うよ。私が直したから?私は直さなきゃいけないの?直しちゃいけないの?
いうとおりにしろって なに?
やめて。ごめんなさい。いうとおりにするから。いわれたとおりに,いいこにするから。
だからもう ぶたないで。おねがい。
おねがい。
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