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アルジが叫び声とともに射出した鉄球は,極彩色の壁を粉砕した。と,音のバランスが乱れる。その手応えに,すかさずアルジはフックを射出し,もう一方の壁も貫いた。
音が弱まったように感じたものの,膜の内側で吹き荒れる嵐におさまる様子はない。攻撃が足りないのか。だがもはや,絶え間なく頭部を殴られ続けるような痛みに,身体は降参し,鎖を巻き取る気力もない。壁からつながった鎖に半ば身体を吊るされるような形で,荒い息をしながら白い球体をうらめしそうに見る。
生物を倒すのに体力を奪う必要はない。命令系統を潰してしまえばいいのだ。覇鱗樹で暴れまわっていた翅尾獣だって,長がやられた途端に何もできなくなってしまった。人間も同じこと。頭を壊してしまえばいい。簡単だろう?
痛い。首の後ろがねじり切られるようだ。頭の中を取り出して,冷たい水で洗い流したい。何か重要なことを考えていたような気もする。だがそんなことはどうでもいい。今はこの痛みを引かせてほしい。視界が狭まる。暗闇に落ちていく。
そんなアルジの横を,一陣の生ぬるい風が通りすぎた。と,その影が細い何かを振りかぶる。
布の裂けるような音とともに,白い結界に亀裂が生じた。鮮やかな光。そして突風。亀裂の中から,弾きとばされた破片が飛び出し,頬をかすめる。だがアルジの反応がない。あと指一本内側を通っていたら命がなかったのに,それでさえも他人事のようだ。
何かが聞こえる。人の声?血の流れる目をそこに向ける。光を隠す影。それは,亀裂を押し広げ,何かを叫んでいるように見える。聞こえない。何て言っているんだ?もっと大きな声で叫べ。
ぺっ。
ふと,血のつたう頬に粘つく液体が触れた。そのぬるい感触に,アルジの瞳が光を取り戻してゆく。
こいつ,私の顔にツバを吐きやがった。
腹から煮えたぎる衝動。全身に広がる熱の波。命令だ。止まりかけていた動力がうなりをあげる。暗転していた回路がみるみる息を吹き返し,失った頭のスイッチを次々に入れてゆく。
ぼやけた視界がわずかに復活し,恨みの根源に目を向ける。それは自信を持ったような目でこちらにうなずき,顎で亀裂の中をさした。何だ。何がある。その先には。
その先には,身代わりになった仲間。虹色に輝く嵐に閉じこめられている。
そうだ。私は。助けなければ。いやだ。死にたくない。どうしていつも私ばかり。でも見捨てられないんだ。ここでできるのは私だけだ。待て。死んだらケライに会えなくなるぞ。ケライに。そうだ。お前はケライに会いたいのだろう。ケライ。私はケライに会いたい。どうせ中のやつなんてもう死んでいる。そんなのわからない。わかるさ。お前もわかっているのだろう?せっかく命拾いしたのに,むざむざ捨てるのか?
私は,私を守ろうとする私自身と,刹那の葛藤を交わした。
私は助けたい。
だから私は行く。行かなければ一生後悔する。
ふっ。
おかしなことだ。行けばここで一生が終わるかもしれないのに。
ただ,行った先で何が起ころうと私は後悔しない。
ああ,でも痛いのは嫌だな。それに,ずっと後遺症に苦しむようなら少し後悔するかもしれない。
ふふ。
アルジは嵐の渦巻く球のなかへ,義足の噴射で一気に飛び込んでいった。
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