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「ミミさん」

里の入口には,落ち着きを取り戻した様子のアルジと,その身体を支えるケライ,そしてボッチとシンキが立っていた。みなミミを見て安心したように見えたが,直後,ピンと立ったその耳と,ふだんの穏やかな様子からは想像できないほど尋常でない形相なのがわかり,何事かとうろたえる。

それは怒り慣れていない者にありがちな表情だった。自分にこれほど負の感情があるのか,と,ミミはそんな自分自身にとまどっている。自分は変になったのだろうか,怒るのは悪いことなのに,そんなことをしていいのだろうか,そんな葛藤が顔からにじみ出ている。それでも言わなければ。

ミミはアルジをきっと睨み,ヒクつく腹からわきあがる声で言った。

「私,謝りませんから」その言葉にアルジはきょとんとする。「あなたがどう思うか知りませんが,私,今のまま変わるつもりもありませんから」

ボッチがアルジを見て何か言おうとする,その口をシンキが手で塞ぐ。ボッチが入ると余計なことになるからだ。なりゆきを見守らなければならない。

アルジはケライの肩に回していた腕を外し,「すみません」とミミの目を見たまま詫びた。それでミミの気がおさまるはずはない。

アルジはこれまでミミが自分にそんな表情を向けるのを見たことがなかった。真っ先に口から飛び出したのは謝罪の言葉だ。だが実際は嬉しかった。おかしなことだ。自分に怒りを向けられることが嬉しいとは。そこには理由がある。ミミはいつも親切にしてくれた。優しく包んでくれた。アルジはそんなミミに感謝するとともに,うしろめたさも感じていた。自分が弱いもののように思えてしまうのだ。

確かに自分は弱い。でもそのままではだめなのだ。どんな形であれ自分は進んでいきたい。できないことができるようになるとは限らない。でも,できることを,より上手く,少しでもいい。少しでも変えていければ。だから,怒りであろうと,ミミの本心を聞けて嬉しかった。相手が何を思っているのか,少しでもわかれば,それを手がかりに,より相手を知ることができるからだ。

アルジは息まくミミの目をまっすぐ見つめて言った。「私,ミミさんのこともっと知りたいです」

「?」

予想外のその言葉に,ミミの肩から力が抜け,その大きな耳がはねるように動く。「こんなに長くいるのに,私,ミミさんのことを全然知りません。もっと知りたいです。学びたいです。もっといろいろ,ミミさんのこと,それに,ミミさんの知っていること,教えてくれませんか」

まさに目が点になったかのようにミミは呆然としている。気持ちが静まっていくのを表すかのように,つりあがった耳もしおしおと垂れ下がってゆく。それを見たシンキは思わず笑いだしてしまった。それからミミに歩み寄って,隠していたマフラーを巻いてやった。いずれ渡すつもりだったのだ。

「これは」見覚えのない模様のマフラーに,ミミは不思議そうな目でシンキを見る。「アルジさんに前に教えてもらったんだよ。ほら,昔,ミミも作ってたんでしょ,一緒に」

ミミは手の平で感触を確かめた。シンキの腕を通した残り香が毛糸から漂ってくる。そこから,かつて夜の書庫で,ボッチやショムらとともにアルジから編み物を教わっていたこと,それ以前,それ以降,これまでの思い出があふれてくる。

里は崩れた。多くの者が傷ついた。それでもみな前を向いて歩いている。そしてなぜか,その先頭にはいつもアルジがいる。どれほどひどいめにあっても,いつのまにか列の先頭に戻っている。ミミはふっとそんなアルジの背中が浮かんだ。


ミミは潤んだ瞳をごまかすよう,軽く顔を振って,やや鼻声でアルジに言った。「アルジさん。教えます。私の知っていること」

「はい」ふだんのミミに戻ったのがわかり,アルジは安心して答えた。

「でも私の知っていることを全部聞こうと思ったら,何十年もかかりますよ。覚悟してください。途中で逃げたりしたら許しませんよ」ミミは意地悪そうな,はにかんだ笑顔で言い,すぐに自分の言った意味に気づいて赤面した。「もちろん,よろしくお願いします」アルジは迷わず即答する。そんな冗談を真に受けた様子にミミは思わずふきだしてしまった。



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