101

その日もキセイはクビワと楽しく遊んでいた。

数日前,シッショがケライの部屋を捜索するようになってから,クビワは暇な時間ができた。そこで,退屈そうにしていたキセイをつかまえ,キバやツメと一緒に雪山を駆けるようになったのだ。当然ながらゴリとワンワもついてくるため,さながらモンスターの群れのようでもある。

キセイはクビワらの足には到底着いていけないため,ミミに用意してもらったおんぶ紐でクビワに背負われている。自分では経験したことのない速さにキセイは大喜びで,クビワも満足だった。キバとツメの腕も発達し,立ったクビワほどの大きさもある。とはいえまだまだ子供であり,甘えん坊なところは変わらないが,もう医務室に入ることはないだろう。


太陽がやや西に傾く頃,真っ白な丘陵でクビワは火打ち石の鳴るような音を聞いた。立ち止まり,クビワは耳をすませる。「キセイ,きこえるか」キセイは長い耳をピンと立て,ひょこひょこと動かす。こういうところは獣人の強みだ。まあ,それ以上の聴覚と嗅覚をクビワは持っているのだが。「あっち」キセイはクビワの柔らかい頬を引っ張り,指差した。

真っ白い中に,黒くうごめく影があった。素早く不規則な動きは明らかに草食獣のものではない。

キセイが警戒し,クビワの胸をわしづかみにする。「わあ,くすぐったいぞ」辺境最強の戦士を自称するクビワはこの程度では動じない。だが,腰に下げた籠手を腕にはめ,いつでも戦えるように準備した。

「よくみえないな。もっとちかづいてもいいか?いやならここにおいてく」

残酷な問いである。近づけば危険も増す。かといって断れば置き去りにされる。答えようがないのでキセイが黙っていると,クビワは相手が了承したと勝手に判断し,その影に歩み寄っていった。やや遅れて他の獣達もついてくる。キセイは縮こまってクビワの背中に身体を隠し,笛を口にくわえた。

カチカチという音は大きくなる。クビワは音の主がその獣であることがわかり,立ち止まった。「キセイ,みてみろ,トリだぞ。おおきなトリだ」

キセイは肩越しにおそるおそる前を見た。

大きくすべらかなクチバシと,油に濡れたようなツヤのある羽根。ピンと張った足。クビワの言う通り,大きなトリであった。その鳥もこちらを確認したのか,カチカチとクチバシを鳴らしながら駆け寄ってくる。威嚇や警戒を見せる様子は全くない。

クビワが調子に乗って口をかちかち鳴らすのを,キセイは手で塞いだ。その鳥はクビワから一定の距離で止まり,レンズのような大きな目でこちらを見ながら,なおもクチバシを鳴らした。

棒立ちのクビワの後ろで,キバとツメがうなり声をあげ,ゴリとワンワも戦闘態勢をとった。だがキセイは二匹にリラックスするよう笛を吹き,落ち着かせる。

「カッカッカッカッ」キセイがノドを鳴らしはじめた。それに応じるように鳥もカチカチと応える。まるで会話しているようである。

「クビワ,おろして」「おう」クビワがヒモをゆるめ,キセイは尻餅をつくように下ろされると,よたよたとした足取りで鳥に近付き,肩からかけていた鞄の中身をぶちまけた。

そこから少し離れると,鳥は鞄の中身をつつきながら食べ始めた。その様子をキセイは真剣にながめていた。やがて食べ終えたのか,鳥が再びカチカチと鳴らす。「かえる」そう言ってキセイはクビワに飛びついた。「もういいのか?」「うん」

それからクビワは後ろを気にしながら里へひき返した。しばらく鳥はついてきたが,やがて追ってくるのをやめたようで,その影も見えなくなった。「あいつはなにをたべるんだ?」「マメとニク。クサはたべない」

夜。夕食を取るミミのもとへ珍しくキセイがやってきて,何かを相談した。



(c) 2018 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa