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「俺は疫病神か」
石膏で固めたシッショの腕。それに包帯を巻きながら,マッパが文句を言った。
マッパがテントに戻ったとき,腕を吊ったシッショの姿と,それを心配そうにながめるクビワの姿があった。マッパは溜め息をついた。マッパが誰かを連れて調査に出るたび,怪我人が出る。今回の被害者はシッショだ。ただ今回は脱臼で済んだため,比較的軽傷といえる。
「面目ない」「シッショいじめたらころすぞ」「いじめてないよ。クビワが無事で本当によかった」その言葉にクビワは喜び,シッショの顔をなめる。
クビワが罠に落ちたのは完全にクビワの油断だった。コートを羽織っていた不快感が取れなかったため,ちょうどよく湧いた泉で身体を洗おうと泳いでいたら,そのまま抜け出せなくなってしまったのだ。
いかに北の大陸のモンスターが強力であっても,正々堂々とクビワに挑んで勝てるものはそうはいないだろう。だがクビワは警戒心がなさすぎる。道端に食べ物が点々と落ちていたら平気でその跡を追ってしまうほどに。搦め手で獲物を狙うようなモンスター相手にはあまりに脆く,ゆえにシッショの存在が不可欠なのだ。
「まあ,お前が命を捨てなかったのはほめてやる」包帯をカットしたマッパはシッショの背中を叩いた。シッショは痛みに思わずうめきながら,すぐに手をクビワに向ける。その拳はマッパに放たれようとしていたからだ。
シッショはクビワをなだめる。マッパは冗談のつもりだったが,クビワはシッショをかばうように抱きしめ,マッパを睨んでいた。
シッショはクビワのマシュマロのようなぬくもりを背中に感じながら,マッパにはなんでもお見通しなのだと思った。あのとき,シッショはフックの糸では二人を引き上げられないと考えた。そこで腕輪をはずしてクビワにはめ,クビワだけでも助けようとしたのだ。だが自分の短い指では腕輪を外せず,やむを得ず二人の命を賭けることになった。自分で外せないなんて,ミミに渡されたときには気づかなかった。もしくはミミが気を利かせていたら,悲劇が起きていた。二人とも助かったのは偶然である。
おそらくミミ自身,こんなことになると思っていなかっただろうし,そもそもシッショが自力で外せないことにも気づいていなかっただろう。自分にとって当たり前のことが相手も同じであるとは限らないのだ。
ただ,その腕についたひっかき傷から,マッパは全てをさとった。シッショがクビワのために自分の命を投げ出そうとしていたことを。
だからマッパは不機嫌だった。「シッショ」その言葉にシッショはクビワに向けていた目を戻す。「クビワのことを本当に思うなら,死んでもいいなんて絶対に思うな」
その言葉にシッショは顔を伏せる。クビワには意味がわからない。「誰かのために死ぬなんてな,ただの身勝手だ。クビワのためにお前が死んだら,クビワは永遠にお前のことを忘れられなくなる。それは呪いだ。不幸にさせるだけだ。お前が死んだらな,今後,クビワにどれだけ楽しいことがあろうと,幸せなことがあろうと,あるとき,ふと,お前を思い出し,悲しむ。そうなれば全部ぶち壊しだ。台無しだ。わかるか,シッショ。本当にクビワの幸せを願うなら,一日でもクビワより長生きするんだ。いいな」
あーっ!
いきなりマッパは大声で叫んだ。シッショが驚いて飛び上がる。
「臭っせーこと言ったら鳥肌がたっちまった。寝る!」
そう言うとマッパはまだ夕方にも関わらず横になってしまった。
こいつはバカなのか?そんなふうに,クビワが明らかにマッパを侮辱しようと口を開いたので,シッショがその口を塞いで笑顔を見せた。
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