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ミミとアルジの会話はその後も続いた。そこでアルジは自分が調べた成果を披露しはじめた。応急処置の本で,熱傷に関連した項目に,目立った外傷もない例があったこと。それを聞いた直後,ミミの顔が変わった。
「なるほど。落雷,ですか」
ミミは瞬時に把握した。それはアルジの閃きと同じものだ。アルジが見たのはまさに雷撃傷に関連するイラストだった。アクセサリなどを身につけていれば,そこが火傷のようになることが多い。クビワが身につけていた首輪にもその可能性があったが,今回は熱傷を生じなかった。シッショが以前何をしても外せなかったと言っているように,特殊な酸化処理が施されていたか,絶縁性の高い合金で構成されているのだろう。
「その可能性は,あると思います」「ミミさんもそう思いますか」「ただ,いくつか問題があります」「何ですか」「雷撃をどうやって生じさせ,伝達させたかです」
雷はそのありあまるエネルギーで空気中を貫いている。だが,どれほど強力であろうが,ザエルは一介の動物でしかない。どのようにそれだけの力を生み出しているのか。
うーん,と二人とも考え込む。と,アルジは思いついたかのようにミミに聞いた。「シッショさんは落雷の音を聞いたらわかるはずですよね,さっきミミさんが叫んだように」「そうですね。…うん,そうです」「空気中を伝わっていないとしたらどうですか。水中とか」
「あ」とミミはアルジの目を見る。アルジは続けた。「二人が戦ったのは湿地です。水はたくさんある。クビワのいた水面を伝ってザエルの攻撃が届いたのでは」「はい。それならわかります。泥水なら不純物も多いですし」
そして伝わりやすければ,より少ないエネルギーで敵の命を奪える。いや,命を奪う必要などない。一瞬でも動きを封じられればザエルには十分なのだ。
アルジはさらに続けた。「もしそうなら,沼地を避けて移動すればザエルに遭遇せずに済むのでは。もしくは水場でなければザエルの能力を発揮できないから,私たちでも倒せるかも」「倒せるかどうかはさておき,遭遇しないに越したことはないですね」血気はやる様子にミミは苦笑いする。
「ミミさん」アルジは急に身を乗り出して真剣な顔で言った。「は,はいっ」顔の近さにミミの声が思わず裏返る。
「私の義足を,雷が通らないよう加工してくれませんか」それは一撃でザエルを葬るための決意の言葉だった。
なんだ,そんなこと。とはいえ。「また,自分の身体を危険に晒すんですか」アルジが自分に聞いてきたのは強力なモンスターと戦うためだったのだとわかり,ミミの顔が曇る。
「だめですか」アルジはそう言って残念そうに席に戻る。「ダメじゃないですけど,でも,これ以上誰かがケガするのは,ちょっと」
怪我,とミミはやんわりした表現をしたが,そこには,その先にある取り返しのつかない悲劇もわずかに含まれている。
するとアルジは腫れた頬を見せた。「里にいてもこんなふうに怪我しますし。それに,前に私が戦ったときだって怪我しなかったじゃないですか」「いえ,前回はそうでも,今度もそうとは」
「私,前にあいつと戦ったとき,ミミさんが守ってくれてるように感じたんです」それは本心だった。「えっ」「私を守るために,ミミさんが身体を張ってくれてるように感じてうれしかったんです。ミミさんが作ってくれたから,安心してあいつと戦うことができたんです。だから大丈夫です。お願いします」
アルジは思ったことを語っただけだった。だがそれはミミが求めていた感謝の心をこれ以上ないほど強く感じるものだった。そうだ。誰かを助け,そして喜んでもらえたら。そのために自分は。
「わかりました,頑張りますね」
その言葉とともにミミはポロポロと涙をこぼし始めた。そしてそれはアルジの要求が受け入れられた瞬間であると同時に,最悪のタイミングでもあった。ちょうどシンキとボッチがラウンジに戻ってきたのだ。二人は,先ほどのミミの大声,そして今の涙から,アルジがミミを追い詰めたと誤解して激しく追及することとなった。
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