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誰も犠牲にしない,とは言ったものの,運が良ければアルジが死ななくて済む,といった程度のもので,運が悪ければ同行した者が全滅する恐れがあった。夢で見た紫針竜との邂逅,その直感に全てがかかっている。
雪山の果て,南との玄関口まではシッショの駆る獣車が同行した。ここから先は紫針竜の警戒にひっかかる危険がある。がんばって。降りるアルジたちを応援するように声をかけ,その後ろ姿を見送った。
そこから進んだ先で,釣り竿を持ったケライと,その腰に手を回すクビワを待機させる。突進の座標を狂わせないようにするためだ。ミミの自信作である新たな義足が,着実にアルジの身体を前に進めてゆく。
雪山から南へ下る道は暗い。そびえ立つ山々が光を遮っているためである。ただし,そこを通ろうとするものは,何であれ流星の目からは逃れられない。
白い布を引きずり,雪原を歩く者がある。同色であれば逃げおおせると思ったか。紫の流星は,その寂しげな背中をめがけ,急降下する。
アルジが振り向いて顔を上げる。首から下げた試験管が,揺れて淡い光を放った。
落下する紫針竜は何も見ていなかった。開ければ目が灰になる。ゆえに場所を決めたら全ての感覚を閉じ,速度を上げて落ちるだけ。そこから逃れられるものなどない。あとは弾丸となった大地の破片が,命中するもの全てを穿つ。
それは自身の身体でさえも例外ではない。
思えば,北の大陸で初めてモンスターを討伐したときも,ケライに救われた。狡舞鳥にとどめをさされそうになったときも。そして今も。
問題は,アルジがクビワの加速を見誤っていたことだ。ケライを抱いたまま最高速で駆けたクビワは,釣り竿からつながるアルジの身体をはるか上空まではねとばしていた。竿のしなりとは,こうも力強いものか。アルジは飛散する未来が待っているにもかかわらず,まるで他人事のように,豆粒のようになったケライたちを見た。
空は試験管の光のように,淡く,青く,まるで中身を撒きちらしたかのように,どこまでも透きとおっていた。
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