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「俺の言ったことを忘れたのか」

聞きおぼえのある声が頭の上から響いてきた。その頭はシッショのものでもクビワのものでもない。

ザエルの頭の上にマッパの姿があった。大槌に手をかけ,片膝を曲げてシッショをのぞきこんでいる。不快感にザエルが身体を振るわせ,マッパはシッショの前に降り立った。そしてザエルが攻撃する前に,大槌を振りかぶる。ザエルが飛びのいた。直撃した地面に大きな穴が穿たれる。

「シッショ。崩れるぞ」

そう言ってマッパは無闇に武器を振るう。それほど速くない。大振りの打撃を,ザエルが華麗にかわしていくが,視界からザエルを離さず,そして攻撃の手を決して緩めない。


何が起きているんだ。シッショは自分の目が信じられなかった。それはクビワだってそうだろう。大型のモンスターが繰り出す全ての攻撃は致命傷になりうる。それゆえ一撃離脱が基本なのだ。だがマッパはどうだ。こちらから一方的に攻撃するばかり。まるで相手のほうが逃げているみたいではないか。

「クビワ!天井!」シッショが叫ぶ。マッパの言うとおり,部屋は戦いで限界を迎えていた。天井がじりじりと砕け,その破片が地面に落下する。重量はそれなりにある。直撃すればただではすまない。クビワはシッショを抱え,器用によけながら,ザエルとマッパの行く末を見守る。ヘタに手出しをすれば巻き込まれる。

なんと緩慢で無計画な戦い方か。それほど未熟な戦い方に思えた。だがそんな印象は徐々に消えていく。攻撃の振りが速まる。慣性が大槌に伝わって,その速度を増してゆくようだ。シッショにはそう見えた。はじめは容易にかわし,反撃をうかがうザエルだったが,その余裕がなくなる。

違う。マッパの身体からシッショは動きを読み取った。大槌に仕掛けなどない。マッパはザエル種と戦うのが初めてだから,どんな動きをしてくるのかわからない。それを把握する必要があったのだ。次の動きが読めないうちは,マッパの身体に無駄が生じ,力が大槌に伝わらない。だがやがて,次に取るであろう選択肢が狭まっていくと,迷いのない攻撃に変えていくことができる。それがあたかも,振れば振るほど速度を増す武器に見えただけなのである。

いつまでも自分が攻撃できない,しびれを切らしたザエルが振ったその爪を,マッパの大槌がはじきとばした。ザエルは怒りの咆哮をあげ,マッパに襲いかかった。退却などしない。そして攻撃性の塊であったことが,その寿命を縮めた。

突進するたび,その顔が大槌の直撃によって歪んでゆく。半身が,その全身が,みるみる赤く染まる。それでもザエルは退かない。腕の爪がボロボロに抉られ,吹き飛ばされた顎を醜く垂れ下げながら,嘔吐するようなガラガラ声でなおも挑む。

もはや顔を失い,視覚も,嗅覚も失ったザエルは,やがて吠えることもなくなり,マッパの殴られるままとなっていった。血のまざった肉を棒で叩くような,鈍い音と,何かがへばりつくような不快な響き。

それは唐突におさまり,大きく息をつく声が聞こえた。勝者の全身は返り血にまみれ,光でつやめいていた。

マッパは大槌をその場に残すと,シッショを抱えたクビワを認め,髪から血を垂らしながらやってきた。そしてクビワには目もくれず,シッショの胸ぐらをつかむ。

「俺が言ったことを忘れたのか」「シッショいじめるな。ころすぞ」「こいつは自分で死のうとしたんだ!」

え?とクビワが拳の力を緩め,シッショを見る。シッショはクビワから目を反らし,「ごめん」と呟いた。

マッパはシッショの片目が潰れていることに気づくと,その手を離す。「感染症になるかもしれん。気をつけろ」とだけ言った。

「クビワ,マッパさんの身体を拭くの手伝ってくれる?」「いい,余計なお世話だ」「助けてもらったんだ,お礼くらいさせてよ。クビワ,倉庫に布があったはずだから取りに行こう」「おう」



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