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夜。里に帰還すると,目をこすりながら椅子に腰掛けているクビワの姿があった。だが事態は急を要する。シンキはすぐに治療室へとかつぎこまれた。その際にショムがつぶやいた「シンキさんまでこんなことになるなんて…」という言葉がひっかかった。
やがて,詳しい内容はわからないものの,激しい怒号がラウンジに響く。オヤブンの部屋からだ。だがその声には聞きおぼえがない。新たな後発隊のメンバーが到着したのだろうか。
「クビワさん,何があったんですか,こんなに早く帰ってくるなんて」
「ケライがけがした」その言葉に背筋がこおりついた。
「僕が話すよ」奥からやってきたのはシッショだった。オヤブンへの報告を済ませ,降りてきたのだろうか。「すまない。アルジ。僕のせいだ。どれだけ蹴り飛ばしても構わない」「シッショをけったらアルジころすぞ」二人が冷静さを欠いているのは明らかだ。とはいえアルジが冷静かというとそんなことはない。おそらく里にいま冷静な者などいない。異常な状況だった。
「蹴りませんよ。シッショさん,ケライに何があったのか教えてください。それに今怒鳴っているのが誰かご存知ですか」「うん。…ごめん,ちょっと水飲んでいいかな」
こんなにシッショが取り乱す様子は見たことがなかった。全てを聞き出すためにも,アルジはじっくり時間を設けた。「クビワはもう寝ておいで。ケライは大丈夫だから」「ほんとにだいじょうぶか,しなないか」恐ろしい言葉がクビワの口から出た。ケライが,死ぬ?
「大丈夫だから。さあ,おやすみ」シッショはクビワを促した。おい,この毛むくじゃら。ケライはほんとうに大丈夫なのか?口先だけじゃないだろうな。もしケライに何かあったらクビワを敵にまわそうが蹴り殺すぞ。
そんな心の声をアルジはなんとか抑えこもうとする。「私も,水飲んでいいですか」「もちろん。自分で飲めるかい?」そう言って水差しを持つシッショの手はカチカチと震えた。その間も怒号は続く。もしオヤブンがやりこめられているなら,本来はいい気味なのだが,それどころではなかった。
二人で水を飲み干すと,ひと呼吸おいてシッショがしゃべり出した。
「僕らはアルジ達とは逆の方向,湿原を目指して進んでいたんだ」
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