024

夜。里に帰還すると,目をこすりながら椅子に腰掛けているクビワの姿があった。だが事態は急を要する。シンキはすぐに治療室へとかつぎこまれた。その際にショムがつぶやいた「シンキさんまでこんなことになるなんて…」という言葉がひっかかった。

やがて,詳しい内容はわからないものの,激しい怒号がラウンジに響く。オヤブンの部屋からだ。だがその声には聞きおぼえがない。新たな後発隊のメンバーが到着したのだろうか。

「クビワさん,何があったんですか,こんなに早く帰ってくるなんて」

「ケライがけがした」その言葉に背筋がこおりついた。

「僕が話すよ」奥からやってきたのはシッショだった。オヤブンへの報告を済ませ,降りてきたのだろうか。「すまない。アルジ。僕のせいだ。どれだけ蹴り飛ばしても構わない」「シッショをけったらアルジころすぞ」二人が冷静さを欠いているのは明らかだ。とはいえアルジが冷静かというとそんなことはない。おそらく里にいま冷静な者などいない。異常な状況だった。

「蹴りませんよ。シッショさん,ケライに何があったのか教えてください。それに今怒鳴っているのが誰かご存知ですか」「うん。…ごめん,ちょっと水飲んでいいかな」

こんなにシッショが取り乱す様子は見たことがなかった。全てを聞き出すためにも,アルジはじっくり時間を設けた。「クビワはもう寝ておいで。ケライは大丈夫だから」「ほんとにだいじょうぶか,しなないか」恐ろしい言葉がクビワの口から出た。ケライが,死ぬ?

「大丈夫だから。さあ,おやすみ」シッショはクビワを促した。おい,この毛むくじゃら。ケライはほんとうに大丈夫なのか?口先だけじゃないだろうな。もしケライに何かあったらクビワを敵にまわそうが蹴り殺すぞ。

そんな心の声をアルジはなんとか抑えこもうとする。「私も,水飲んでいいですか」「もちろん。自分で飲めるかい?」そう言って水差しを持つシッショの手はカチカチと震えた。その間も怒号は続く。もしオヤブンがやりこめられているなら,本来はいい気味なのだが,それどころではなかった。

二人で水を飲み干すと,ひと呼吸おいてシッショがしゃべり出した。

「僕らはアルジ達とは逆の方向,湿原を目指して進んでいたんだ」



(c) 2018 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa