014
縫合を終えた後,アルジは驚異的な回復力をみせた。また優れた治療の甲斐もあり,感染症にかかることもなく数日のうちに自由に動けるようになった。朝,ラウンジに戻ると今までになくにぎやかな雰囲気だった。ボッチ団が調査から帰ってきたのだ。登場人物が一度に3人も増えてしまった。覚えられるわけがない。そもそもケライに親しそうに抱きついているのは誰だ。そしてそれを気にすることもなくもう一人と話すケライの様子は何だ。
ミミがこちらに気付き,軽く手を振ったが,アルジの変化に気付くと顔を豹変させて駆けよってきた。「おかえりなさい,ミミさん。おかげさまで助かりました」「全然助かってないじゃないですか。どうしたんですかその身体,凍傷にやられたんですか,ハッ!?まさかジブーが!?」「いやいや,違いますって」あわてるミミをなだめ,アルジは事情を説明する。
「それじゃあ,あんたがアルジさんか。俺はボッチだ」ミミの様子から,ケライとの話を切り上げアルジのところへやってきた人物は自信満々にそう言った。「シンキでーす」ケライにくっついた方は元気に手を挙げる。つまり自信にみちあふれ態度のでかいほうがボッチで,ケライが大好きなのがシンキか。というかそんな覚え方をする必要はない。
実力の割にプライドが高く,実力の割に,というのは余計だが,とにかく,他者に対する攻撃性が高いせいで仲間が少ないからボッチ。一方育ちは良いが経験が少ないからシンキ。ここにはいないが獣舎でペットの世話をしているのが命をかけて仕事をしないキセイ。というのが互いの会話を通してアルジが抱いた印象をもとに,物語の都合上覚えやすいようにつけた名前である。アルジとケライの由来の際にも述べたが,当然ながらそれが本名ではない。
意外なことに,ミミはウサギのロップイヤー種のような長く垂れた耳を持った獣人族だった。最初に出会ったときにはフードで気付かなかったのだ。しかも全身を毛に覆われたシッショと違い,耳と尾をのぞいて普通の人とほとんど区別はつかない。
「皆さんごはんいかがですか」シンキが提案した。気配りのできる人物である。ボッチは報告がてらオヤブンやショムと済ませる予定だという。クビワとシッショは打ち合わせがあり,キセイは獣舎で過ごしているので,4人で食事をすることになった。
そこで困ったのがアルジである。両腕がないので何もできないのだ。「すみませんが机をきれいにしておくので,私の分の食事を持ってきていただけませんか」「いいよーそんなの気にしなくても」シンキが笑顔で答えた。
例によってケライの席だけはすさまじい量のメニューが並んでいる。「噂には聞いてたけどすごいね。10人分くらいあるんじゃない?」「ですね,ほんと」シンキとミミはその迫力に舌を巻く。だが昨日までと違うのはメニューの色合いが随分鮮やかになっていたことだった。「これ,ㇰ,野菜ですか?」「そうそう!あたし達が収穫してきたの。おいしいといいね」普段から心のなかで悪態をついているアルジは思わず『草』と言いそうになった。仮にそれを口にしていたら,全ての信用を失えるところだったのだが残念である。
食事前の祈りを済ませ,遅めの朝食がはじまった。
「ケライさん」「はい」「食べさせてくれないでしょうか」「私も食べたいです」「一口ずつ交互というのはいかがでしょう」「わかりました」なぜ丁寧な言葉遣いなのかは後ろめたさのあらわれである。
ケライは二皿分の食事を一皿にまとめると,それをすくって自分の口とアルジの口に運んだ。ケライのペースで進むので急いで咀嚼しなければ溢れることになる。
「アルジさん赤ちゃんみたいだね」「そうですね」二人の様子をシンキとミミがからかう。思わずアルジはむせてしまった。ケライが水を飲ませ,口元を拭ってやる。
「アルジさんて最初見たときは怖い人だと思ってたけど,誰かに助けてもらってるときは随分しおらしくなるんだねー」「アルジさんは優しい人ですよ。私と初めて会ったときも,命がけでケライさんを守ろうとしたんですから」「へ!そうなの!?熱いねー!」
これが。
これがちやほやというやつか。ちやほやというやつだ。多分。気持ちよすぎて頭が溶けそうだ。そりゃあみんなどれだけ金をつぎこんでもちやほやされたがるわけだ。
みんなも後発隊に入って全財産を失い,自分の両腕をモンスターに食われればちやほやされることができるぞ。
「そうだ,ケライさん」シンキが思い出したように言った。「アルジさんに聞いた?」「何をですか」「ケライさんのこと変人て言ったことないの今までアルジさんだけだって」「『変わってる』の間違いでは。変人と言われたこともありますが」「そそ!ごめんね」「アルジさんそうなんですか。私も興味あります」ミミも乗ってきた。だが答えようにも常に口が塞がっているため返答することは不可能だ。ゆえに「ケライさん,私が代わりますよ」とアルジの向かいに座っているミミが食物投下係を代わることになった。
「よくわからないんですけど,どういう経緯でそんな話になったんですか?」アルジは場を悪くしないようつとめて素朴に聞こえるように尋ねる。「あたしがケライさん面白いねー,変わってるってみんなに言われない?って聞いたら,『アルジさんに言われたことはありません,キリッ』ていうもんだから」「キリッとは言っていません」「雰囲気の話ー。だから何でなのかなって」
「そういうことですか。」アルジは要点をつかんだのか,ケライの方を向いて言った。「ケライ,ちょっといい?」「はい」「今から2つ質問するから答えを言ってほしい。言いたくなければ言わなくてもいいから」「はい」
「ケライは罪のない人を殺したり誰かの物を盗んだりする?」「しません」
「ケライは自分がラクをするために誰かを奴隷のようにこき使ったりする?」「しません」
「ありがとう。だから私はケライが変わった人だとは思いません」
そのやりとりを見たシンキとミミは呆気にとられた。「え,でもそれって普通…あっ」シンキはラウンジ中に響くような大声を出した。「すごーい!普通だ!ケライさん普通!」「シンキさんその言い方は失礼では」ミミがたしなめる。「あっごめん。でも変わってたのはアルジさんの方だったんだねー」シンキは満面の笑みで言った。
「それで私も思いだしたんですが」今度はケライが言った。「私が私のままでいるだけでアルジさんが守られているとはどういうことですか。帰ってきたら説明してくれるはずでしたが」
「いや,それは」急にあわてだすアルジに,シンキとミミは面白い話であると確信した。二人がかりでアルジの動きを封じ,その経緯を聞き出す。ケライによって当時のセリフが全て再現され,アルジはあまりの恥ずかしさに二人が触れていられないほどの熱を発した。
「なんていうか,すごいね」「そうですね,お腹いっぱいです」「なんかアルジさんも動かなくなっちゃったし」「片づけましょうか」「そうだね」
ケライの食事はまだしばらく続くので,二人は机を先に掃除することにした。アルジに再び魂が宿るのは,オヤブンの呼び出しを待たなければならない。
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