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クビワが泣き止み,落ち着きを取り戻すと,三人は付近を探して虫の卵を採取し,またザエルの亡骸から腕の甲殻や爪,毛,体液などいくつかの素材を回収した。

「待て」シッショが何かに気付き,二人に静かにするよううながす。「何か近付いてくる。二つ」

「さっきシッショさんが言ったやつですか」「わからない。」

シッショが音のする方に目を凝らし,アルジも身構える。クビワは疲れたのかあくびをしていた。

草のこすれる音が大きくなる。するとそこから現れたのはザエルの子供だった。子供だろう。小さいし。牙は生えているが,爪は丸く,腕の甲殻はまだ十分に発達していない。柔らかそうな毛は触り心地が抜群であることを伝え,無邪気な子犬にも似た愛らしい顔立ちである。一言でまとめると,とてもかわいい。

とはいえ人の背丈ほどはあるそれは,草むらから身体を出すと,ザエルの亡骸に身体を寄せ,においを嗅ぎ始めた。

やっちまった。おそらくアルジとシッショはそう考えただろう。

アルジは鞄から何かを取り出すと,その子供の方に投げた。干し肉だ。

好奇心旺盛な子供はすぐそれに気付き,すんすんと鼻を鳴らすと,食べ物だとわかったのか口に入れる。もう一枚取り出して投げると,次はほとんどにおいも嗅がずに口に入れた。犬のような見た目ではあるが,犬は虫の卵を食べないし,拳を爆発させることもない。生態はかなり異なるはずだ。アルジは干し肉を口にくわえ,近付いてゆく。

二匹の子供はアルジの顔に鋭い牙を向けると,そのまま口からむしゃむしゃと肉を奪いとって食べ,アルジの顔を舐めた。親と直接戦ったのは幸いだった。同じにおいを持つがゆえに,さほど警戒感を持たれずに済んでいる。

「私たちが食料だと思われなければ,里へ連れ帰れるかもしれません」その言葉にシッショが腕組みをする。

「飼うの?」「できれば」「面倒みきれる?」犬を拾ってきた親子の会話のようだった。二匹は体格こそ大きいものの,それは人との対比でしかない。様子をみるとかなり幼く,まだ生まれて数ヶ月も経っていないだろう。このまま放っておけば自力でエサもとれず力尽きてしまうはずだ。そしてその原因を作ったのはまぎれもない自分達である。とはいえ,これからやろうとしていることは,親を殺した挙句子供を攫うという,はたからすれば鬼畜の所業であった。

手持ちの食料を使い,アルジは二匹をキャンプまで誘いこんだ。そこで追加の干し肉を調達すると,二匹の子供はシッショの操縦する獣車に乗せられ,与えられた肉を食べながら里へ向かった。

山を登ってくる獣車の存在に隊員たちはすぐ気付いた。そして,三人が謎の荷物を乗せていることに不安と期待を抱く。やがて里に到着したアルジ達は,ザエルの子供が受け入れられるか心配した。姿は幼くても,ボッチ団のメンバーを深く傷つけたモンスターであることに変わりはないのだ。

もし受け入れられなければ,アルジは里を出て子供が独り立ちするまで面倒を見るつもりだった。そして,それは償いとも思っていない。自分の責任で親のない子供が飢え死にする。それは後味が悪い,ということで,その不快感を少しでも和らげようという偽善でしかない。アルジの見ていないところで,日々多くの生き物が飢え死にしているのだから。しかも,自分の関与で成長した二匹は,本来の森の法を知らず,やがて無秩序に荒らしまわることになるかもしれない。そうなれば,人の世で最後まで過ごそう。

少なくとも,里を追い出されることに関しては杞憂だった。愛らしく人なつっこい二匹の子供はすぐに里に受け入れられ,人気者となった。あれほど目を輝かせるキセイの姿を今後見ることができるかどうか,というほどだ。

特に大きな影響を与えたのがショムだった。まだ柔らかい毛に覆われた子供は,幽体離脱しかかっていたショムの肉体をみるみるうちに蘇えらせた。検査と称して好きなだけ関わっていられるのである。一日中笑顔でいるショムの姿はかえって不気味なほどだった。

キバとツメと名付けられた二匹の子供が,ワンワやゴリ,キセイとともに仲良く眠っている。アルジは自分ではわかっているつもりではあったが,現実には命を奪うことの重みを全く理解していなかったことを痛感した。とはいえ,判断がわずかでも遅れればいつ自分が殺されてもおかしくないこの大陸で,そのような冷静な判断をいつでも下せるかはわからない。仮に命に優先度をつけなければならない状況で,どちらの命をとるのか。この問題はアルジを後々まで悩ませることになる。



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