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アルジがケライと朝食をとっているとき,話がある,とケライに言った。正確には,このあと話をしたいから,時間があれば聞いてほしい,というものだった。アルジがケライにそう振ってくるときは,大抵まずい状況なので,ケライはショムの分まで押しつけられた山ほどの仕事を後回しにして話を聞くことにした。

キャンプから遠く離れた丘に,アルジを背負っていく。「ここでいいよ」

そう言って降ろされたアルジの横にケライが座った。雲ひとつない空は,さわれるほどに天の近さを感じる。ケライは指のささくれを気にしながら,アルジが話し出すのを待った。


「紫針竜を倒しに行くことにした」長い沈黙のあと,ようやくアルジが話し始めた。

「そうですか」「私がいなくなった後の仕事は頼む」「お断りします」

ケライは即座にアルジの予想したとおりの返事をした。「それに,アルジさんがいなくなった方が仕事が減ると思いますが」

「そうだ。言われてみればそうかもしれない」

私はずっとみんなに迷惑をかけてきた。だからいなくなってちょうどいいかもしれない。ケライの辛辣なものの言い方を受け,アルジはそう自嘲気味に言った。それは構ってほしいから口に出たものかもしれないが,本心でもあった。ケライは今までアルジの身勝手にいやというほど付き合わされてきたのだ。うんざりしていることだろう。

自分がいなくなることをケライがさほど気にかけていないのであれば,これで何の気兼ねもなく,いくことができる。そう決意を固めるアルジをよそに,ケライはアルジと話すたびに抱く疑問があった。

「アルジさん」ふいにケライが呼びかける。

なに,と答えるアルジに顔を向けると,「前々から思っていたんですが」と前置きしてから顔をのぞきこんで言った。

「生きることって,そんなに悪いことなんですか?」

え。その言葉にアルジの身体が固まる。


「いいことだよ」

反射的にそう答えた。全身の血が首から上に集まっていくようだった。あれ。なんだろう。ケライが止めるのも間に合わず,ぽろぽろと目から雫が落ちた。長い間せきとめられていたものが崩れたようだった。ケライが何か言っている。でも聞こえない。「どうしてこんなことに気づかなかったんだろう」そのままケライに身体をあずけ,やがて嗚咽になった。手入れの整った髪が自分のせいで汚れるのを申し訳なく思った。

どれだけ自分に罪を被せようが,嫌おうが,始めから答えを知っていた。自分はバカで無知で無能で命知らずで礼儀知らずで貧弱でノロマでブサイクですぐにケガしてすぐに死にかけてすぐいなくなって人に迷惑かけて心配させるのだけは天才で,関わる人を悲しませてばかりのロクデナシだ。それでも,そんな私でも,見たいもの,知りたいことが山のようにあるのだ。償わなければならない罪だって,やらなければならないことだって星のようにある。いずれはその思いが失われる日が来るかもしれないけれど,それまでは,自分の,知りたいという気持ちの赴くまま,いきたいのだ。そんな思いを些細な事情,些細ではないかもしれないけれど,そんなことで奪われるなんてまっぴらだった。

「ケライ,ありがとう」びしょびしょの肩に顔をこすりつけたまま,アルジは言った。「何がですか」


「おかげで誰も犠牲にしないで紫針竜を倒せる方法を思いついたよ」



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