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再度の拘束から一日たってケライは解放され,アルジを軟禁する治療室の鍵も解除された。ケライの肉体的・精神的疲労は激しかったが,ミミが文字通りつきっきりで看病することで徐々に回復していった。それにはケライの旺盛な食欲もあるだろう。それに同調するようにアルジの治療も順調に進み,ケライのお見舞いと会話を楽しんだようだった。

シッショは結局アルジとケライをスパイとは認めなかった。疑惑の人物を解放することでどのような影響が里に及ぶかはわからない。ただ,自分の直感に従った。オヤブンには,書庫に置かれた紙のなかに透かしのないものがあった,今後調査隊への資源を納入する際は厳密にルールを守るように,さもなくば不要に里の隊員が傷つくことになると警告も含めた報告をした。これらの報告にはシッショの知る全てが含まれているわけではない。だが嘘をついているわけでもない。全てが完璧でないことはオヤブンもわかっているため,この報告を了承した。

問題はケライへの補償である。無実の人間を何日間も拘束したのだ。だが,これについてケライは変わった条件を提示した。今後アルジに何らかの罰を加える際は自分を経由すること,というものだった。すなわち,アルジを支配する権利である。

これまでアルジが起こしたトラブルはほぼ全てケライの関知しないところで生じていた。まあほぼオヤブンとのあいだに生じたものだが。かたやアルジはケライに絶対の忠誠を誓っている。嫌な報告書を書けといえば書くし,苦い薬も飲めといえば飲むし,明日のために寝ろといえば寝る。子供かよ。ゆえに,今後無用の混乱を里に生じさせないためには,アルジをケライの統制下におくべきだと進言したのだ。

この条件は,ショムの説得もあり容易に受け入れられた。二人とも,以前ケライを陥れようとした借りがあり,しかも当時ケライがそのことを責めなかったため,というか自分がどんな目にあうか想像できなかっただけなのだが,今回はあまり強気に出られなかったというのもある。


アルジの長所は驚異的な回復力である。短所は馬鹿なことである。

義足と杖で歩けるほどに回復したアルジは,ショムとともに廊下でリハビリを行っていた。

そこに身体には似合わないほどの大きな足音でケライがやってきて,

「私はアルジさんを本気で殴ります」

と言ってきた。語気が荒い。

「痛いのは嫌だな」というアルジに対し,「多分,痛いです。本気ですから」と言った。

ケライの後ろにはミミもおり,ふっとばされるアルジを受け止める役として来たという。状況のわからないショムのためにケライが説明する。

理由は簡単である。ケライが拘束される原因となった紙は,アルジが書庫からくすねたものだったからだ。

いくら何も書かれていないとはいえ,本棚に置かれているものを筆記用に使用するなどケライにはありえないことだった。そして,その紙を持ってきたのはまぎれもないアルジであった。

なぜケライは拘束された補償にアルジの支配権を得たのか。その理由がここにある。アルジのルール違反で自らが被った,そしてこれから被るであろう損を自らの手で罰するためである。

「事実ですか?」というミミの問いにアルジはうなずく。なぜそんなことをしたのかという問いに対しては紙の場所がわからなかったから,という子供じみた回答をした。当初は心配していたショムもあまりの拙い発想に天を仰いだ。もはや誰もアルジに同情などしない。

「私が殴ったら明日までに手引きを暗記してください。いいですね」という問いに,アルジは文字が読めないとは言えず,「はい」とだけ答えた。

直後,拳と思っていたアルジの頭部に綺麗にハイキックが炸裂し,一瞬で失神した。

刹那,アルジは,カカトでなくてよかった,と思った。



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