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マッパたちは湖が引くのを待ち,北方の山を目指した。この接着剤のような液体を船で渡るのは不可能だったからだ。マッパとクビワ,その二人の後ろを,シッショが槍で杖をつくようにしてついていく。
「マッパさん」シッショが呼びかけた。
「戻ってきたときにまた湖ができてたらどうする?」「そのときはそのときだ」マッパは即答した。
なんとも無計画な発言だ。だが相手の手の内は知りつくしている。迂回するなり,道中で狩ったモンスターの油で覆った船を滑らせるなり,いかようにも方法はあるだろう。なんせここには調査隊最強の戦力が揃っているのだ。
さすがに山に近づくと息苦しい。火口から吐き出されるのは有毒な煙だろう。傾斜の緩やかな山腹をぬうように進む。さすが歴戦の三人である。荷物が軽ければすいすいと進んでゆく。
やがてテントから見て山の裏側にたどりついた。地獄,という表現は安易ではあるが,でこぼこの白い地面はところどころ黄色い液体が溜まり,あちこちの煙突のように突き出た岩が湯気とともにひどい悪臭を放っている。不規則な傾斜,その視界は悪く,滑る。腰の打ちどころが悪ければ脊椎を痛めて動けなくなるだろう。
さすがにこの地面の熱さに耐えきれなくなったのか,クビワはようやく滑り止めのついた足袋のような靴を履いた。だがマッパは二人の口を布で覆うよう伝えるだけで,何事もないかのように進む。ペースが早く,迷っていたら見失いそうだ。こんななかをどこまで行こうというのか。
「落石に注意しろ。あと地面が脆い。抜けるかもしれん」
そうは言うが,では実際に大岩が落ちてきたり,地面が抜けたらどうすればよいのか。簡単である。岩は砕き,穴には落ちなければいいのだ。なんと無茶な。ただマッパはこれまで未知の領域をこうして進み,安全な場所を見つけては拠点を構築してきた。今回はそのなかでも過酷な道を進んでいるに過ぎない。
シッショは機嫌の悪そうなクビワに声をかけた。「クビワ,もう少しだよ。頑張って」
「うー…きもちわるい」
火山活動の地鳴り,悪臭,湯気によって,視覚や聴覚だけでなく嗅覚も封じられているのだ。クビワの調子が悪くなり,いらいらするのも当然だった。だが,シッショの励ましがある。負けるわけにはいかない。
「待て」マッパが手を上げた。シッショがクビワの前に立つ。
これまでと変わりない風景だ。だがマッパは何かを感じていた。「クビワ,何か見えたり,聞こえたりする?」シッショの問いにクビワは気分の悪さにふらふらとしながら「くさい」とだけ言う。そうだ。ずっと臭い。
「そうだ。臭い。これまで以上にな」クビワの言葉を受けてマッパが言った。ここにきてもクビワの感覚は鋭さを失っていないようだ。もしくは偶然かもしれないが。
「何か動いたらすぐに離れろ。敵かもしれん」そう言ってマッパはゆっくりと歩き出し,シッショはクビワを押すようにしてついて行く。
ボン!と大きな音に,シッショが構える。岩から吹き出す蒸気だ。それは不規則に,四方八方から聞こえる。
先の湖のように,この付近すべてが敵,なんてことはないだろうな。シッショはそんな想像をした自分を嘲った。岩もそんな自分をバカにするように,ボン,ボンと吠えている。
もし強敵に襲われるようなことがあったら,確実に自分が足手まといになる。ボン。クビワ,無理しないで。勝てないと思ったら僕を置いて逃げてくれ。ボン。この前マッパに非難されたばかりだというのに,シッショはついそんなことを考えてしまう。ボン,ボン。
待て。
「マッパさん」聞こえるか聞こえないかの小声でささやいた。「何だ」その様子に異常を感じたか,マッパも小声でこたえる。「あの岩」そう言ってシッショは肩にクビワをよりかからせ,もう片方の手で岩の群れを指差す。
「岩がどうした」「あの岩だけ,湯気がおかしい。まるで息をしているみたいな」そこまで言ってシッショがハッとする。
「どうやらそうらしいな」マッパは確信したようだった。
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