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囲まれている?

この環境で,この範囲に,それだけの数がいるのか?

「相手の数はどれくらいですか」

「大きいのが一匹,右から。小さいのが二匹,左と後ろにいる。木の上にいるのはその小さいやつだ」

小さいのはザエルの子供か。だとするとますます危険だ。親は子供を守るために死にものぐるいで戦う。どれほど相手が強大だろうと。その命が尽きるまで。

これほどの危機的な状況にありながら,なおもアルジの心を好奇心が支配する。子供のうちは樹上で生活するのだろうか。確かに幼いうちは天敵も多い。とはいえ,幼くても大柄の人ほどはあるはずだ。それを食うような強大な敵が,この森には生息しているということか。

興味は尽きない。だが二人の命は尽きそうだ。

「地上ならばまだ戦いようはあります。右に逃げましょう」

ふつう,人間の目は後ろについていない。多数の敵を相手にすれば,注意は散漫になり,本来の力も発揮できなくなってしまう。ゆえに,強力な敵であっても,頭数が少ないほうが与しやすい。アルジはそう考えた。シッショも同感のようだ。

シッショについていくように,二人はゆっくりと移動を開始する。耳が良くないアルジは判断をシッショに任せるしかない。

徐々に,シッショの顔,耳の動きから,大型の敵に近づいているのがわかった。群れに囲まれるという最悪の状況は脱したらしい。だがそれはこちらが為すすべなく殺されるという状況から逃れただけである。

『これは』不意にアルジが立ち止まる。地面にできた窪みに,水が溜まっている。紛れもない。「あいつの足跡か」シッショの言葉にアルジが無言で頷く。

「向こうもこっちに気付いているだろうな」シッショは背負っていた三尖槍を両手に構えた。一見するとふつうの槍のようだが,この槍には強力なバネが仕込まれている。槍の先端に強い衝撃が加わると,ストッパーが外れる。すると両脇の刃が勢いよく閉じ相手を切断するのだ。いわば槍のような形をした大バサミである。

対してアルジは,シッショから託された武器をいつでも使用できるよう背負う位置を変え,さらに,右腕に特製の切断武器を装着した。これはキャンプでの打ち合わせでシッショには伝えてあるが,使う機会があるかどうかはわからない。

「正面にいるぞ」シッショが手で制した。木が並ぶ暗がりのなか,身動きせずにこちらの様子を伺う大柄な影。以前,あれをキセイは見た。それを自分は見逃し,ボッチ団は壊滅的な被害を受けた。だが今度は違う。

今度は,負けない。

そう思った直後,目の前に大きな腕があった。



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